積まれた本

ネット小説名作レビュー

暗殺100人できるかな by 湯のみ

ジャンル

長さ

  • 長編
  • 104,799 文字
  • 3 時間 30 分ぐらいで読める

あらすじ

 キャルステン王国一の暗殺者クロネコは隣国の首都リンガーダブルグの住人を1月以内に100人殺してほしいという依頼を受ける。彼は報酬の高さが気に入って引き受けるが、未曾有の連続暗殺者に対して隣国も黙ってはいない。クロネコは腕利きの剣士たちに挑まれ、集団で追い詰められたりもしながら命からがら生き延びるが、ついには1人で1000人分の戦力を持つという魔法使いを差し向けられる。

レビュー(ネタばれ注意)

 内容がおもしろい上に文章もうまく、ずば抜けて完成度が高いネット小説だった。本屋に並んでいてもおかしくないレベルの作品だ。小説投稿サイト、小説家になろうでも大人気だったようである。本作は一種のファンタジーだが、ファンタジーであることが重要になるのは恐らく、魔法使い、錠を解く魔法、暗殺者ギルドという組織に関わる部分だけであり、どちらかというとハードボイルドというのが近い。作品のキーワードにも「ハードボイルド」が含まれている。近世ヨーロッパ風(?)の舞台設定もファンタジーと関係があるかな。

 この小説の一番の見どころは、主役の暗殺者クロネコが途方もない大仕事を、工夫をこらして徐々になし遂げていくおもしろさだ。キャルステン王国で最強の暗殺者である彼に与えられた仕事は、隣国リンガーダ王国の首都リンガーダブルグの住人を1月以内に100人殺すべし、というとんでもないものだった。こんな多くの人間を殺せば目立って仕方ないし、任務の難しさは簡単に想像できる。実際依頼を引き受けたクロネコが暗殺を開始すると憲兵の見回りが強化され、夜間外出禁止令が出され、彼のためだけに軍隊の一部が首都に呼び戻される。そして挙句の果てに、戦時には1人で1000人分の戦力を担うという魔法使いまでが動員される。しかし、頭の切れる黒猫はうまく彼らの手をかわし、着実に100人暗殺の任務をこなしてゆく。ちなみに、見回りの強化や夜間外出禁止令なんかの王国側の現実的な措置は、作品のリアリティを高めるのにも役立っていると思う。
 このストーリーがわくわくするのは、もちろん話が丁寧に書かれているからだ。どんなおもしろそうなアイデアであっても、いい加減に書かれたら荒唐無稽な話にしかならないだろう。特に注目したいのが暗殺者としてのクロネコの描写だ。彼は強いが無駄なことはしない。敵と向かい合って余計な口上を述べることもないし、逃げるべき時にはさっさと逃げる。予備動作なしに無言で敵にナイフを投げつける描写なども、暗殺者としての手腕と命がかかっている真剣みが伝わって来る。また、仕事に失敗をした相棒のカラスを軽視していたことについて、「人を見下す気持ちは、無意識のうちに慢心を生むことがある。」と言い、誰よりも優秀な暗殺者でありながらあくまで自分を戒める職業意識の高さもかっこいい。

 読みごたえのあるエピソードの中でもとりわけわくわくするのは、主役のクロネコと手練の難敵たちとの対決シーンだ。二刀流のダガーで強敵をやっつけていくシーンは痛快ですごくおもしろい。
 1人目は憲兵隊の女隊長セレーネで、クロネコは難なく彼女をやっつける。このシーンでクロネコが暗殺にすぐれているだけでなく、優れた剣士と対面で戦ってやっつけるだけの戦闘技術の持ち主であることが分かる。
 2人目の敵はリィンハルトという凄腕の若手剣士で1回目の戦闘では決着がつかない。2回目の戦闘ではリィンハルトは9人の部下と一緒になってクロネコと相棒の女性カラスを包囲するが、クロネコはどうにかこうにか相手をやっつけ全滅させる。この戦闘シーンはエキサイティングで本当におもしろい。衆寡相対するぎりぎりの戦い、相棒との連携プレー、ナイフに毒を仕込むトリックがすごくよかった。

 そして3人目の敵は魔法使いだ。上にも書いたように、この世界では魔法使いは兵士1000人分の戦力に匹敵するという途轍もない存在だ。どれほどの強者であっても魔法使いに目をつけられたら蛇ににらまれた蛙であり、手も足も出ない。クロネコは魔法使いのリリエンテールとはじめて対面した時に殺されそうになるが、かろうじて逃げる。九死に一生という言葉がぴったりの、紙一重の逃走だった。ここで、魔法使いが忽然と目の前に現れてクロネコは一瞬混乱する。それはそうだろう。しかし、彼はすぐに判断力をとり戻して即座に相手へナイフを投げつけ、投げると同時に一目散に走って逃げる。このすばやく的確な判断が生死を分ける。ここでのクロネコの流れるような動作には、ほれぼれするかっこよさがある。一瞬の出来事ではあるが、私は本作ではこのシーンが一番好きかもしれない。

 ところで、この小説の世界では魔法使いは希少な人材であり、一国全体でも数人しかいない。この設定がいいと思った。まず、魔法使いがありふれている他の作品との差別化ができている。よく考えて小説を書いているからこそ、こういう独自性のある設定が出てくるのだろう。ネット小説のファンタジーでは、多分テレビゲームや他の作品の世界観を下敷にしているので、魔法使いがありふれた存在になっている場合も多い。だけど、ファンタジーの本場であるヨーロッパの神話や民話を読んでも、魔法使いというのはそんな風にどこにでもいるようなものではなさそうだし、たまに見かける特別な存在であるぐらいが本来のあり方に近いと思う。
 
 話を作品の解説に戻す。本作はすばらしい小説であり今のままでも十分だが、あえて難点をあげてみたい。私が気になったのは、屋根から飛び降りて人を殺しロープの反動で屋根の上に戻るという暗殺方法と、接近を悟られないクロネコの特殊歩行法が現実離れしていると思ったところだ。人家に侵入するのも魔法で錠を破るのではなく、もっと工夫して入ってくれたら一層おもしろかったかもしれない。

 ところで、この小説の魔法使いリリエンタールは「タキオン」と「クエーサー」という魔法を使う。テレビゲームの『ぷよぷよ』に出て来る魔女の「ウィッチ」が使うのとおんなじ名前なんだけど、関係あるのかどうか気になって夜も眠れない(嘘)。

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