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アクアリウム by 鯨野

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 857 文字
  • 2 分ぐらいで読める

あらすじ

 繁華街の奥にある安っぽい占いの館の地下に、風変わりなアクアリウムがある。薄暗い部屋の四方に配置された水槽では、様々な眼球が水流に乗り、赤い視神経を閃かせてゆらゆらと泳いでいる。

レビュー(ネタばれ注意)

 奇妙で幻想的を雰囲気を楽しむ、ユニークな掌編小説。題名にある通り、男がアクアリウム(水族館・水槽)へ行くというのが話の内容だ。でも、ただ水族館へ行くだけでは奇妙でも何でもない。このアクアリウムは、展示物の点で普通の水族館と趣を異にする。つまり、水槽の中を泳いでいるのががすべて人間の目玉なのだ。
 でも、気持ち悪いと言って読むのをやめてしまうのはもったいない。確かにたくさんの目玉が水槽を泳いでいるのは、あまりさわやかな状況だとは言えないが、これは気持ち悪さをスパイスにしたファンタジックな小説なのである。金魚が泳いでいたのでは、本作のおもしろさは生まれない。

 この小説には薄気味悪い雰囲気を出すための描写が詰まっていて、1000文字に満たない短い話である代わりに濃密な内容なっている。
 最初に説明されるのはアクアリウムの立地だ。繁華街の雑踏の奥の安っぽいネオンの占いの館の地下に、その店はあるという。アンダーグラウンドな感じがしてなかなかいい。野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいるという、宮沢賢治の詩を彷彿とさせる描写じゃないか。
 店にやって来た主人公は、階段を下って受け付けの娘に会釈し、いよいよアクアリウムの中に入る。薄暗い部屋の中では四方に配置された水槽の中で、水流を受けた目玉がゆらゆらと泳ぎ回っている。

対流に流されて、赤くて細い視神経がひらひらと尾びれのように舞い、虹彩が無機質に青白い光を反射して輝く。

という風に、アクアリウムの目玉の描写も、簡潔ながらなかなか雰囲気が出ている。対のもの、単独のもの、黒、青、緑、灰色など様々な種類の目玉があることも、読者が絵面を思い浮かべるための重要なポイントだ。

 色々ある目玉の中でも、主人公のお気に入りは空色の虹彩が美しい独眼だという。「へえ、そうなんか」と思って小説を読み進めていくと、やがて主人公が受け付けの娘に問題発言をする。

「やっぱり、いつ見ても君のが一番美しいよ」

そして彼は、目玉のない眼窩を覆う娘の前髪をかき上げる。彼女は恥ずかしそうに、どうも、とだけ答える。このシーンはいくつかの点でうまくできている。
 第一に、展示された目玉の持ち主が受け付けをしているというエピソードには驚きがあって、一種のエンターテインメント性がある。
 次に、生きている人間の目玉を展示し、しかもその目玉の持ち主がそこで働いていて、さらに客が彼女の目玉の美しさをほめるという気違いじみた話が、小説の奇怪な雰囲気に磨きをかけている。
 もう1つ言うと、どういういきさつで受け付けの娘が自分の目玉を展示しているのか、想像の余地があるのもおもしろかった。

 なお、彼はアクアリウムの常連であり、「甘美な安らぎに身を委ね、私はいつも時間の許す限りこの異常な空間を楽しむ」という。フリークという言葉がぴったりだ。この小説ではアクアリムを訪ねる男の様子をごく簡単に書いてあるにすぎないが、その短い文章を通じて、読者である私たちも、彼の楽しみのおすそ分けにあずかっているということになるだろう。

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