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足音にロック by 奥田徹

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 83,381 文字
  • 2 時間 47 分ぐらいで読める

あらすじ

 人材派遣会社の営業としてろくに睡眠もとられない激務をこなす34歳の福岡。疲れ切った彼は、コツん、コツん……という「死の足音」をきくようになる。この足音に追いつかれた時に自分は死ぬと彼はおびえる。
 ある仕事帰り、電車で眠り込んだ福岡は財布をすられる。幸い警察に届けられて返って来るが、そこには身に覚えのない大金がつまっていた。謝礼を渡すために彼が出会った財布の拾い主は、非の打ち所のない美女だった。

レビュー(ネタばれ注意)

 むちゃくちゃおもしろかった。これを読まずに何を読むのかという出来栄えの作品だ。
 一言で言うとこの小説は、ブラック企業で働く疲れた男が
俺たちは自由だ!
 というロックンロールの精神を手に入れて人生をとり戻す、という筋書のミステリーである。ただし普通のミステリーではなく、現実を基調にしながら幻想的な描写を含むところに特色があり、それがすごくいい。

 本作の見所の1つ目は、読者を退屈させないエンターテインメント性である。著者によると本作は純文学だが、大衆小説的な傾向も多分にある。どちらにも分類されうると思う。大事なのは内容であって、あまりジャンルにこだわる必要もないだろう。
 ともかく、そのエンターテインメント性を支えているが、たくさんの謎と張り巡らされた伏線だ。物語の冒頭で財布をすられたところから、主人公の福岡は一連の不思議な出来事に巻き込まれる。その後、警察を通じて彼のもとに戻って来た財布には覚えのない大金がつまっている。続きが気になって仕方ないエピソードだ。そして彼が謝礼を払うために財布の拾い主に会ってみたら、それが非の打ちどころのない美しい女性で、なぜか福岡を食事に誘い、彼を愛おしいと言う。その女性、高梨鈴音の足音は福岡がしばしば耳にして恐れる「死の足音」ととても似ている。彼女はまた、福岡の先輩の社員といっしょにいるところが見つかったり、福岡が出会ったミュージシャンの橘裕樹が「あの女から逃げろ」と彼に耳打ちしたり、彼女にまつわる謎はストーリーの終わりまで読者を楽しませてくれる。彼女の存在の謎を考えることには、パズルを解くような楽しさがあった。
 登場人物として最も大事なのは鈴音と主役の福岡だが、その他にも、福岡の先輩の工藤、アパートの隣室に住む子供の「心」、派遣の女の子馬乃石など何人もの人物が出て来て、それぞれが物語にとって大事な役割を持っている。無駄が少なくて洗練されたキャスティングだと思った。そして、これらのキャラクターがそれぞれ絡み合うところがまたおもしろくて、作品の世界に広がりを与えている。

 この小説の2つ目の見どころとして、現実と幻想が絶妙にブレンドされたファンタジックな世界観がある。読書中、その雰囲気が心地よくてやみつきになってしまう。
 登場人物を考えた時、一番ファンタジックで謎めいているのが鈴音だ。電話をかけてもなぜか通じないし、存在しはずのサロンに出入りしたり、突然福岡の背後に現れて彼を誘拐したり、ビルの屋上から飛び降りたかと思ったら靴だけ残して消えてしまったり、ちょっと普通の人間とは考えにくいところがある。
あなたは幻みたいな人だ。本当に存在しているのだろうか?
と福岡も言う。
 彼女と関係がありそうな、アパート203号室の住人や、福岡が耳にする「死の足音」も幻のような物事だ。しかし一方で、彼女は子供の頃に誘拐された実在の人間であることが述べられていて、現実との強いつながりも示唆される。
 鈴音ほどでないが、アパートの隣人の子供「心」の存在も結構謎めいている。福岡の考えによれば、心と福岡は何かしらシンクロしているのであり、福岡が危機におちいれば心も危なくなる。福岡の分身的存在であるらしい。
 私の推測では、著者は一見幻のようなものを書きながら、それが現実でもありうる可能性を最後まで意図的に残している。つまり、どっちともとれるようにしてある。そうすることで物語のリアリティをある程度維持し、身近な物語として読者が楽しめる形にしているんじゃないだろうか。ファンタジーと現実の両立とも言えるかもしれない。事実は著者本人にきかなければ分からないが。

 この小説第3の見どころは、1つ1つのシーンが実感をこめて丁寧に描写され、かつ文章のセンスがいいところだ。私の気に入った描写をいくつか例として引用してみる。

 死刑囚は独房で監視員の足音を聞き分けられると言う。毎日、いつ自分が殺されるかに怯え独房で過ごす時間。耳にするのは巡回する監視員の足音。「この足音はあいつだ」と。しかし、その監視員たちと違う足音が聞こえる時がある。刑務が執行される時だ。つまり、いつもと違う足音を耳にする時、誰かに死が訪れる。 まさに死の足音。

死の足音をきく福岡の恐怖がよく分かる、いいたとえ話。「死の足音」という言葉そのものもいい。

私はいつも思っていたわ。誰か早く水槽の水を捨ててくれって。何もいらない。空っぽにしてって

自分を魚用の水槽のゴミにたとえた鈴音のせりふ。生きているのが嫌になった、というのを「水槽の水を捨ててくれ」と表現している。水槽にドッジボールが飛んできて引っくり返る、など、水槽のたとえ話は他にもたくさん出て来る。

 僕は少年が無垢な笑顔を見せるたび、少し緊張した。きっと少年は僕を信用してくれているのだろうと。別に後ろめたいことをしている訳ではないが、ある日突然僕はなにがしかの理由で少年を失望させてしまうかもしれない。態度や気分やつまらないわだかまりが、彼の笑顔や期待を奪ってしまうかもしれないと思ってしまう。

 ここでは相手を失望させたくないという微妙な気持ちを、分かりやすく言い表していて、身につまされる気持ちがする。

グロスが唇を控えめに濡らしていた。その飾り気のない感じはとても好感が持てた。だけど、そのことについて僕は一言も発言しなかった。彼女が僕に求めている役割はまた別のところにあると思ったから。

福岡が馬乃石に対して思ったことを表した地の文。「彼女が僕に求めている役割はまた別のところにあると思ったから」という表現が、現実的で秀逸だと思う。

まるで狐につままれ、ナメクジに愛を告白され、猫に小判をプレゼントされたような不思議な感覚に包まれた。

2つの慣用句の間に1つだけ自作の文句をはさんでいるて、言葉づかいへのこだわりを感じた。
 きりがないので、引用はこれぐらいにしておく。とにかく、どこを読んでもセンスのいい文章だった。

 第4の見どころは、ブラック企業で働く疲れた男が人生をとり戻すという、前向きでさわやかなストーリーだ。福岡は最初、不安や無気力に負けて陰鬱な暮らしを送っているが、最後はそれをはね返してよりよい生活を勝ち取る。よくある筋書だと言えなくはないが、おもしろいものはおもしろい。
 上でも少しふれたが、そこではまた、同じように疲弊した福岡の先輩の工藤や、親のいざこざに悩む「心」や、変な名前のせいでいじめられたという内気な女性の馬乃石や、人暇つぶしの道具になるだけで生きる理由が分からないという鈴音など、悩みを抱えるたくさんの人間の交流がある。彼らの間に通う人情がすごくいい。
 このストーリーでは「ロックンロール」がキーワードになっている。これはロックミュージシャンの橘裕樹が福岡に投げかける言葉であり、馬乃石によると「呪文のように素敵な言葉」である。
ロックンロール! フゥゥゥォォォッッ!
 というのは心少年のせりふだ。ロックンロールとはすなわち自由である。福岡たちはその言葉の持つ力によってあるべき生活をとり戻すのだ。私は音楽のことはあまり分からないが、ロックンロールがすばらしい言葉だということはこの小説を読んでよく分かった。
 残念ながら福岡にロックの魅力を教えた橘裕樹は最後に麻薬漬けになって死んでしまう。だが、それも恐らく束縛を逃れて自由になった結果だ。彼も鈴音と同じく裏社会の「暇つぶし」の被害者だが、真のロッカーである彼は最後までロックンロール精神を失っておらず、彼らのやり方に逆らって自由を求めたので死んだのだろう。ほんのちょっとしか出てこないが、すごく心に残るキャラクターだった。私のお気に入りだ。

 まだ書きたいことがあるんだけど、あんまり長くなったから今日はこれぐらいにしておく。アラクネ文庫では本作の著者、奥田徹さんによる『ばあちゃんのタトゥー』という小説のレビューも過去に書かせていただいた。『足音とロック』よりもずっと短い掌編だが、こちらもすばらしい作品なので読んでみてほしい。

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