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バニーガールと透明 by 野足夏南

ジャンル

長さ

  • 短編
  • 8,816 文字
  • 18 分ぐらいで読める

あらすじ

 文化祭のお化け屋敷で透明人間の役を割り当てられた地味な男子中学生、野宮慎一は、同級生の片桐日奈子が好きだが度胸がなくて行動を起こせずにいる。ある帰りしなにバニーガールの恰好をしたデリヘル嬢に出会った慎一は、お金を盗んで逃げる途中だった彼女に巻き込まれてそばの神社までやって来た。そこで彼は、近所の屋敷で得意客の葬式があるから香典を渡して来てほしいと、バニーガールに頼まれる。

レビュー(ネタばれ注意)

 文化祭の出し物で透明人間をやることになった男子中学生と、デリバリーヘルスで働いている35歳の女性が、男あるいは女としての自分自身のあり方を考える、短めの青春小説。ハードボイルド風の淡々とした文章が味わい深い。
 2人の主要人物の1人は上に書いたように、いわゆるデリヘル嬢であり、「色々あって」主人公の中学生、野宮慎一の前にバニーガールの恰好をして現れる。デリバリーヘルスという職業やおかしな恰好からして、あまり賢そうな人間だとは思えないのだが、実はなかなかの才媛だったりする。かつて地区トップの公立高校に通っていたのだという。このバックグラウンドがおもしろい。
風俗嬢なめちゃダメだよ、私の知り合いに東大卒のソープ嬢いたよ
 と本人も言っているし(正直どうでも言い……)、慎一からお化け屋敷で透明人間の役をやると聞いた時には
透明人間ってお化けなの?
 と、なかなか鋭い(?)指摘をしている。ついでに言うと足も速い。
 その彼女がなんで売春なんかしているかといえば、家庭に根づく女性蔑視の価値観に傷ついて、高校卒業と同時に家を出たのだという。それから自分の中の女を追い出すためにやけくそになって今に至る。
 しかし、女性蔑視をした張本人の父が死んだ時に、自分のやってきたことのむなしさに気づき、彼女は涙を流す。
 ここで、主人公の野々宮少年が次のように彼女を慰めるのは、ストーリーの山場の1つだ。

「僕は男です。それで、中川さんは女です。確かにお父さんはそういう考え方だったかもしれないけど、女、素敵じゃないですか」
慎一の脳裏に片桐日奈子が浮かぶ。はっきりと浮かぶ。
「柔らかくて、なんか大人っぽくて、良い匂いがして。男も女もいるからこの世界は成り立ってるわけで、だから、中川さんは、女であっていいんです。それから、その場限りの感傷なんかじゃないと思います。ちゃんと悲しんだ方がいいと思います。だって」
慎一は通夜の光景を思い浮かべる。遺影の横で、ずっと目にハンカチを充てている女性の姿を。
「中川さんのお母さんも泣いてました。良い思い出だってあったから、だから泣けるんじゃないですか?」

中学生男子が、酸いも甘いも噛み分けた35歳のデリヘル嬢をどれだけ慰められるのかは分からないが、きっと彼女も悪い気はしなかっただろう。それから彼女は日が暮れるまで泣き、盗んだお金を会社の事務所に返しに行くことにする。

 主要人物のもう1人は男子中学生の野宮慎一だ。バニーガールの売春婦と比べたら圧倒的に存在が地味だし、実際性格も地味で、文化祭のお化け屋敷では透明人間という半端な役を与えられる。しかしこの少年がまた、なかなか深みのある中学生なのである。むしろこの小説では、バニーガールよりもこちらの少年の描写の方に含蓄があると感じた。
 彼は同級生の片桐さんに恋をしていて、結構いいところまで行ってもいるのだけれども、行動力がなくてチャンスをつかめずにいる。だが、シャイではあるが思慮深いタイプであるらしい彼は、バニーガールの中川さんに出会ったことをきっかけに、「僕は男だ。透明人間だけど男だ。」とついに心を決め、彼は片桐さんに本を貸すという行動を起こす。バニーガールを慰める優しさも持つ彼にはぜひうまくやってもらいたい。ちなみに、透明人間は人の目につかない人間の比喩になっている。

 上手でさっぱりした文章もこの小説の魅力だ。人物の描写もすごくうまい。たとえば慎一とバニーガールが出会った直後の次のやりとり。

「いじめられてんだ?」
バニーガールの言葉に、慎一は即座に反応する。
「違いますよ」
「いいんだよ別に。私だっていじめられてた時期あったし」
決めつけようとする。

 言葉使いがすごく自然だし、彼女の強引な性格と少し暗い過去を一遍に示すすぐれた一節。他に、慎一と片桐さんが本のことを話し合う場面もすごくよかったので、長くなるけど引用する。

「何の本読んでるの?」
 そう片桐が話し掛けてきたのが最初だ。昼休み、同級生の男子たちが外でバスケをしたり、教室内でこっそり持ってきた漫画雑誌を回し読みしたり、携帯でゲームをしている中、慎一は教室の中央で本を読んでいた。
「箱男」
慎一は話し掛けられたことに驚きながら、咄嗟にそう答える。
「箱男? なにそれ」
片桐の顔に笑顔が浮かぶ。ああ、これは周りの女子たちに、ねえねえ野宮君が変な本読んでる、みたいに広められて地獄の昼休みが始まるのか。慎一はそう思ったが、訊かれたことに素直に答えた。
「段ボール箱を頭から被って都市を彷徨う男の話」
「段ボール箱を頭から被って都市を彷徨う男の話・・・・・・」
片桐はオウム返しした。いまいち飲み込めていない表情で、そのまま立ち去るかと思いきや、慎一の一つ前の席に腰を下ろした。
「面白そう」そう言った。うん、返事をしながら慎一は自分の顔がなるべく赤くならないように願った。
「野宮君て、そういう本たくさん読んでるよね」
「たくさんて、ほどじゃないけど。あともっと普通の本も読むよ」
今度一冊貸してくれない、と片桐は言った。うん、と慎一は頷く。よろしくと言って片桐は席を立った。集まっている女子たちの群れに戻っていく。女子たちが慎一を見て、せせら笑う様子はなかった。

ここでも会話が自然だし、青春を感じさせる彼らの関係がうまく書かれている。片桐さんがようやく慎一から本を借りた時に
やっとか
 と言うシーンもさわやかで好きだ。

 所々出て来る静かなギャグも私は結構好みだった。例を2つ引用。

「デリヘルをなんだと思ってるのよ」
なんだと思ってるのと言われても、慎一はまだ中学2年生で、正直、なんだとも思っていない。

はげ山は、やはりはげていた。

 中川さんの亡父の遺影が「そっくりだった。バニーガールに。」というシーンも、ことによると幽玄なギャグなのかもしれない。
 ギャグではないが、女性蔑視を行った父が死んだ時に中川さんが
35だよ。宿敵いなくなっちゃった。ラスボスいなくなっちゃったよ
 と言うセリフも、言葉使いがおもしろかったのであげておきたい。

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