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蝶が選ぶ鼻 by プロッター

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あらすじ

 女子高生の裕子がうたた寝から目を覚ますと、何と自分の鼻の上でちょうちょがさなぎになっていた。鼻のさなぎのせいで裕子はみんなからちやほやされて新聞の取材まで受ける。同級生の幸子はそれがうらやましくて、自分の鼻にもさなぎをくっつけるため博物館の温室へ出かけた。

レビュー(ネタばれ注意)

 女子校生の鼻の上でちょうちょがさなぎになる奇抜なストーリーと、美しい文章がいかす純文学ショートショート。近来まれに見るハイソな(?)文体の小説であり、近代の文豪が書いた純文作品を読んでいるような気分になれるかもしれない。
 どうハイソかというと、たとえば2人いるヒロインの片方、幸子はこんな感じでしゃべる。
まあ裕子さん、その鼻はいったいどうしたの?
 もう1人のヒロイン裕子も上品な女性であり
あら、アゲハチョウだわ
 みたいな言葉を話している。裕子はまた、知らない間に自分の鼻についていたちょうちょのさなぎの健気さに感じ入って、あえてくっつけたままにしておく心やさしい人物でもある。この頃「女子力」という言葉をよくきくけど、真に女子力が高いのはこういう女性ではないかと思う。鼻のさなぎが羽化した時に彼女が
ねえ、誰か窓を開けてよ
 とクラスメートに呼びかけるシーンがあるのだが、私はこのせりふからそこはかとなくただよう女らしさに心を打たれてしまった。

 私の好みを語るのはこれぐらいにしておいて、本作のもう1人のヒロイン幸子について話したい。彼女は、ちょうちょのさなぎが鼻にとまったために、みんなからちやほやされる裕子をうらやんで、自分の鼻にもさなぎをくっつけるために博物館の温室へ行く。日本昔話でいう「隣のうちのよくばりじいさん」みたいなポジションにあるのだが、彼女はただのよくばりではなく、実に味のあるキャラクターなのだ。小説のストーリーを考えた場合、鼻にさなぎがくっついた裕子よりも、むしろこちらの幸子の方が重要だ。
 幸子は嫉妬深いが努力家でもあり、幼馴染の優等生である裕子に追いつくために努力をおこたらない。でも、やはり裕子にはかなわず、それが彼女にはおもしろくない。何でもできて心もやさしい裕子よりは人間的だと言えるだろう。
 しかし、チョウのさなぎを鼻にくっつけることに失敗した幸子は不意に大事なことを悟る。自分には裕子ほどの才能はなく、ないものをいくら求めても仕方がないということだ。一見後ろ向きなことだが、むしろ彼女はそれに気づいたことで気楽さと心の安らぎを手に入れる。そして、
この娘は、なぜこれほど晴れやかな顔をしているのだろう
 とすれ違う人たちが不思議に思うほど満足そうな顔をして家に帰る。この歳でそれを悟るとは、彼女もやはりただの女子高生ではなかったのかもしれない。
 なお、裕子の方は本名らしいが、幸子だけはなぜか仮名ということになっている。なんでだろう。

 一言で説明したら、この小説は「欲望から自由になる」話だ。それだけきいたらまじめくさった内容かとも思うのだが、そうではない。まったく説教くさい所はなく、むしろストーリーにはユーモアがつまっている。ちょうちょのさなぎが鼻にくっつかなかったせいで心の安らぎを手に入れる、という筋書もなかなか気がきいている。文章もきれいで、どころなくロマンチックな感じがあり、2人のヒロインもそれぞれ魅力的だ。何だかんだでハッピーエンドだし、とても気持ちのいい作品だった。

 アラクネ文庫では、同著者の雨宮雨彦さんによる『男子の仕事』という小説も過去にレビューしています。よかったらこちらもよろしく。

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