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男子の仕事 by プロッター

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長さ

  • 掌編
  • 1,779 文字
  • 4 分ぐらいで読める

あらすじ

 一流の国鉄機関手である父は私のほこりだった。私たち一家の暮らしも蒸気機関車とともにあった。でも、私たちの住む広島の鉄道にもとうとう電化の波が押し寄せ、父は大好きな蒸気機関車から電車への鞍替えを余儀なくされる……。と思ったら母が言った。
広島よりも西はまだ蒸気機関車のままなんじゃありません? ならば私たちがそこへ引っ越せばいいじゃありませんか。

レビュー(ネタばれ注意)

 蒸気機関手である父のかっこよさを娘の視点で描いた掌編。鉄道の電化に合わせて西へ西へと引っ越していく家族のやり方にも「そこまでするか」というおもしろさがあった。

 さて、小説の語り手である陽子は蒸気機関手の父を子供の頃からほこりに思っていて
鉄でできたクジラのような大型蒸気機関車を操り、『富士』や『さくら』といった特急をさっそうと走らせるのだ。その制服姿が格好よくないわけがない
 と言っている。そもそも彼女の母が父に嫁いだのは機関手である彼にあこがれたからであり、陽子の名前も山陽本線から一字もらってつけたという。筋金入りの鉄道家族だ。陽子はまた、幼稚園の遠足で尾道駅に来た時に父の運転する列車が目の前にとまって鼻が高かった。というエピソードも紹介している。
 実は父当人が何かをしたり言ったりする描写は作中にほとんどない。何せせりふが1つもない。にもかかわらず、父の修行時代や機関区の電化に関する短いエピソードを読んでいると、一生懸命に働く彼の姿が目に浮かんで来る。直接の描写は少なくても行間からかっこよさがにじみ出ているのだ。

 だが、父はやがて大きな問題に直面する。彼が勤める広島の鉄道が電化されることになったのだ。電化は東から西へ進んでおり、神戸、姫路、岡山とやって来てついに広島に達した。蒸気機関車を愛する父もやむなく電車への鞍替えを決意する。
 ――しかしである。ここからがこの家族のえらいところだ。不便を承知で陽子の母は言った。

あらあなた、電化は西へ向かって進むのでしょう? 今回糸崎が電化されても、広島よりも西はまだ蒸気機関車のままなんじゃありません? ならば私たちがそこへ引っ越せばいいじゃありませんか。あなたの運転技術なら、どこの機関区でも歓迎してくれることでしょう

 嫁にこんなことを言われたら感動せずにはおれない。夫を理解し、ともに蒸気機関車を愛する妻、同じように父を愛する娘。うらやましくなるすばらしい家庭だ。
 母の意見によって家族は西へ引っ越すが、同じく西へと進む線路の電化に追いつかれて再び西へ引っ越す。そんなこと繰り返すうちに、広島県に住んでいた彼らはとうとう九州までやって来る。愉快なのは、父が定年まで電化の西進から逃げ切ったことだ。「ようやるなあ」とも言いたくなるが、ともかく天晴れである。

 最後のシーンでは、高齢で逝去した父に娘の陽子が付き添っている。

好きな仕事をして父は死んだ。これほど穏やかで幸せそうな死に顔を、私は見たことがない

 という彼女の言葉で、小説はしめくくられている。

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