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不安全 by 午前深夜

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 1,705 文字
  • 3 分ぐらいで読める

あらすじ

 大学中退後、何年もぷらぷらした末にようやく就職にこぎ着けた俺。今の会社に入って半年たつが、まだまだ分からないことが多い。特に分からないのが安全ピンだ。成績優秀者として安全ピンを贈呈され感激する社員。自分の指よりも安全ピンの安全を優先する先輩。壁に目をやれば「安全ピン第一」の看板。ねえみんな、それマジで言ってんの?

レビュー(ネタばれ注意)

 なぜか安全ピンに固執する工場職員たちを描いた掌編コメディ。相当エキセントリックな話だが、話の作りは意外にしっかりしている印象。なお、著者の午前深夜さんの作品はもっとエキセントリックなものが多いので、本作は比較的素直な方だと言えるかもしれない。気になる人は他の作品もチェックしてみてほしい。

 この小説は多分世界で唯一の安全ピン小説であり、間を置かずにくり返されるジョークはすべて安全ピンを題材にしている。工場長から安全ピンを授与され感激する社員。それを見て嫉妬を隠せない他の社員たち……。壁に目をやれば『安全ピン第一』の大きな看板。安全なのか安全じゃないのか今一つよく分からない標語だ。しかし、ほとんどの社員は特に疑問を持たずに働いており、主人公の「俺」だけがついて行けずにいる。彼は居心地がいいのでずっとその会社にいるが、実は採用面接を受けたときからおかしいと思っていたらしい。その面接の内容がこれだ。

「大学中退してからの三年間は何を?」「趣味は何ですか?」「当社の志望動機は?」
「安全ピンは好きかね?」「好きな安全ピンは?」
「安全ピンで一句読んで」

 一歩ゆずって、安全ピンが好きかどうかをたずねるのはいいとしよう。安全ピンが好きで仕方ない面接官の口からそういう質問が出る可能性もゼロではない。でも、好きな安全ピンの種類をきかれたり、安全ピンの即興俳句を詠まされるのにはまいる。急に俳句を詠むだけでも難しいのに、安全ピンで一句詠めなんて言われたら絶望的な気分になるだろう。圧迫面接というやつだろうか。

 なぜ彼らはこんなに安全ピンにこだわるのか。それを理解するヒントが次の引用箇所に隠されている。

午後、ベルト周りの機械が調子悪い気がして、ベテランの矢田部さんに見てもらった。
「よく気付いたな。うん、うん。これくらいならワシでも直せるの。
おい若いの、ちょい整備室からスパナとモンキーな。あとライン長に言って修理用の安全ピン借りてこい」
   ――中略――
ひとっ走りして矢田部さんに工具と安全ピンを渡す。
矢田部さんは安全ピンに手を合わせて祈り、工具を使って普通に直した。

つまり彼らにとって安全ピンの価値は物質的なものではなく、精神的な所にあるのだ。軍人の勲章のようなものなのである。そんなに安全ピンがほしければ百均で買えばいいと主人公は言うが、若い彼にはそれがまだ分からないのだ。

 変な方向に話がそれてしまった。ともかく、4分ぐらいで読める短くておもしろい話なので、レビューだけでなく実際の作品を読むことをおすすめする。コメディの魅力を文章で言い表すのは難しい。こう言ったら身もふたもないが、実物を読むのが一番だ。

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