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幻想ニライカナイ―海上の道― by ハコ

ジャンル

長さ

  • 長編
  • 121,750 文字
  • 4 時間 4 分ぐらいで読める

あらすじ

 第二次大戦末期の沖縄で、日本陸軍の歩兵、宮田邦武は敵軍の艦砲射撃から逃げるうちに、現世から隔たった小さな海岸に迷いこむ。そこでは沖縄の巫女の「祝女(ノロ)」である若い女性、マヤが1人で暮らしており、帰ることのできなくなった宮田もマヤとそこで過ごすようになる。考古学者だった宮田はマヤが語る沖縄の楽土ニルヤ、すなわちニライカナイに思いを馳せて様々な考察を行うが、もといた世界の恋しさから脱出を試みる。

レビュー(ネタばれ注意)

 沖縄民話に登場する伝説の土地、ニライカナイへのあこがれを描いた、うんちく盛りだくさんのファンタジー。丁寧に描かれたストーリーには幻想的な雰囲気が満ちており、心が引き込まれるすばらしい作品だった。

 本作の第一の見どころは国内外の神話・民話にからめて展開される幻想的なストーリーだ。神話や民話の引用元は古事記・日本書紀を中心として、沖縄・ヨーロッパ・南洋の民話など多岐に渡る。
 第二次大戦末期の沖縄で敵軍の攻撃から逃げていた主人公の宮田邦武は、現実の世界から隔絶された小さな海岸「テダバンタ」に迷い込む。そこには沖縄式の巫女の「祝女ノロ」であるマヤという若い女性が1人で暮らしていて、帰り道を見失った宮田は彼女と一緒に過ごすことになる。太陽のまぶしい静かな海岸で2人は当然のように惹かれ合い、日本人や沖縄人の心の故里であるニライカナイや常世について様々に語り合う。マヤの正体は何百年も前に死んだ祝女ノロであり、風葬にふされた本体は骨となって長い間谷底の洞窟に安置されている。シャーマンであるマヤの存在は体が死んでもなくならず、現世に戻った宮田の前に現れて彼をテダバンタに引き戻したりする。宮田の方も、ニライカナイの神に仕える魅力的な女性のマヤに心をとらわれている。民話の引用と考察に満ちた理屈っぽい話であるにもかかららず、それがすごくロマンチックで、読者の心は夢幻と現世が入り混じる小説の世界に引き込まれてしまう。
 この小説では、海の向こう、あるいは他の場所にあるというニライカナイへのあこがれが強く打ち出されている。常世、補陀落、ニルヤ、ニルヤカナヤ、根の国、根の堅洲国など様々な名前で呼ばれるが、結局みんな同じ場所だ。ニライカナイは人間が生まれ、死んで戻って行く母なる土地である。神話の昔にスサノオノミコトが母イザナギノミコトの住む根の堅洲国を思って泣いた時から、日本人はずっとその土地へのあこがれを抱いている。人の心にあるこの漠然としたあこがれを上手に描写して甘美な世界観を作り上げているのが、この作品のすぐれているところだ。
 洞窟の入り口が忽然となくなったり、東京の路地で骸骨に追いかけられたりという荒唐無稽なエピソードも、作品の雰囲気にうまくに溶けこんで違和感なく収まっている。見事な筆力だ。

 第二の見どころは民俗学的なうんちくである。この小説では、息をはくようにうんちくが出て来る。神話や民話の引用は数え切れないほどたくさんあり、十指に余るどころか手足の指を全部合わせても足らないだろう。古事記・日本書紀は当然として、日本・沖縄の歌集、ギリシャ神話やヨーロッパのほかの地域の習俗、南洋の伝説、桃太郎・浦島太郎・小太り爺さんといった昔話など、本当に色んな所から色んなエピソードを持って来ていて、話題の豊かなことには脱帽する。著者は小説投稿サイトで

民俗学とかのぬるいオタク。筆が遅い。

と自己紹介しているが、私は言いたい。全然ぬるくないやんけと。こんなに熱い民俗学オタクは珍しいと思う。
 そうした引用エピソードのうちで特に印象に残ったものをいくつかあげたい。1つ目は『古今和歌集』にある短歌。

五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

1000年以上前に生きていたこの詠人は、タチバナ(みかんに似たすっぱい実をつける植物)の匂いをかぐと昔の人の袖の香りがすると言っている。このことから著者は

あるいは日本本土でも沖縄と同様、柑橘類の実を用いて洗濯をしていた時代があったのかも知れない

という説を述べている。本当かどうかは分からないけど、すごくおもしろい話だと思った。
 江戸時代の国学者、平田篤胤が、私淑する本居宣長に夢の中で出会う話もおもしろい。これは篤胤が実際の手紙に書いているエピソードなのだが、この小説では、篤胤はマヤのいるテダバンタに現れてそこで宣長を見つけ出すことになっている。
 ニュージーランドのマオリ族の神話もおもしろかった。マウイという英雄が父について冥府に行った時、火を手に入れるために、一軒の家に住んでいた老人と取っ組み合いの格闘をして相手を殺してしまう。マウイがそのことを父に話すと、こんな返事をもらう。

なんて事をしたんだ。お前は自分のお祖父さんを殺してしまったのだぞ

示唆と意外性に富む話ではないだろうか。

 これ以外にも、沖永良部島の桃太郎では鬼が島が地下にあるとか、鬼は先祖の霊のなれの果てであるとか、興味深い挿話は枚挙に暇がない。この手の話が好きな私は1つ1つを大いに楽しむことができた。

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