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話す魚 by 富山 晴京

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 1,549 文字
  • 3 分ぐらいで読める

あらすじ

 僕の家の壁や床の中を魚が泳ぐようになった。はじめは恐かったけど、やがて無害であることが分かってなれてきた。ある日魚が口をきいた時はさすがに驚いたが、その後はやつらとも仲よくなり、ドストエフスキーのことなんかを含めて色々な話をした。

レビュー(ネタばれ注意)

 統合失調症患者が見た幻覚という体裁で書かれた、独特な雰囲気を持つ小説。内容もかなり変わっていて、家の中を泳ぎ回る魚と言葉を交わすというもの。
 この作品のうまいところは、異常なことを書いていながら奇をてらうような嫌みがなく、すっきり読めるところだ。いい具合にバランスがとれているのである。主人公の「僕」と魚たちの会話はたとえば次のような感じ。

「ところで、どうやって本を読むんだ。魚じゃないか、君は」
「うん、まあ水流をだね、ちょいと動かして」

どうだろう。軽妙な筆致だとは言えないか。この小説の文章は全体にさっぱりして読み心地がいい。しかし、単に淡白だというわけでもなくて、淡々と語られる話の中ではちょくちょく主人公の心の動きが述べられる。該当する所を少し引用してみる。

自分の家を魚が泳いでいるということが余りにも恐ろしくて

こいつらとはいろいろと話をした。その日々は妙に心の温かくなるもので、格段面白いというわけでもないが、まあ、そこそこ愉快ではあった。

これが作品の味わいの一部になっている。病気が見せた幻覚の魚たちを懐かしむというストーリーの終わり方にも、微妙な余韻があってよかった。幻覚を見なくなることが、いいことだとも悪いことだとも書かれていないのがポイントだ。

 正直言ってわけが分からない話なのだが、なぜか私はこの小説に心が引かれる。有名な漫画家であるつげ義治さんは病的な雰囲気のある不思議な作品を描くことで知られているが、本作『話す魚』を読んでいると、つげさんの漫画を読んでいるのと近い気持ちになる。つげさんの漫画が大ヒットしたことを考えても、人間の心にはこういう変てこな話を求める性質があるんだと思う。
 本作の著者が統合失調症を患った経験があるのかどうかは分からないが、不条理で独特な作品を作り出すことに見事に成功している。赤や青といった魚の色の描写も、サイケデリック感を出すことを狙って書いているのかもしれない。

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