積まれた本

ネット小説名作レビュー

へこんだ時にはカフカの言葉がよく沁みる(三十と一夜の短篇第7回) by 猫の玉三郎

ジャンル

長さ

あらすじ

 エイリアンの産卵のものまねをしてあごが外れた少年と、晩ご飯のメニューをかっこよくアレンジしたノート(例:聖剣エクスカリバーで刻まれし純白のTOFU)をSNSに公開された少年。胸の痛みにたえる若い彼らを、文豪カフカのネガティブな名言がそっとなぐさめる。

レビュー(ネタばれ注意)

 絶妙なギャグに笑いがとまらない、日常系のコメディ掌編。また、小説タイトルにあるようにヨーロッパの古典作家カフカの言葉がいくつも引用されていて、これがまたすごい。そのことについては後であらためてふれる。

 上に書いたように、本作一番の見どころはギャグがおもしろいことだ。数日前にレビューした同著者の作品『とあるアラサー女子の10月の日記』もむちゃくちゃおもしろかったが、もしかして天才じゃないだろうか。日常系のジョークを得意となさっているらしく、この分野で玉三郎さんにかなう人は多くないと思う。
 この小説のジョークで特におもしろいのは、話に出て来る学生2人の悩みのしょうもなさだ。作中では、彼らの悩みがいかに深刻なものであるかが散々強調される。冒頭の一文からしてこんなにシリアスだ。

この幸福、この安息、この満足のいっさいが、いまや恐ろしい最後をとげることになるとしたら——

 その後も

僕の事を誰も知らない土地に行って、イチからやり直したい。過去に戻れるなら、あの瞬間の僕に、「やめろ」と大きな声で叫びたい

 とか

僕の存在を、みんなの頭の中から消し去りたい。

 とか

——ぼくは自分の状況に、果てしなく絶望している権利がある

 とかいって、彼らの置かれた状況の苦しさが繰り返し述べられている。
 それで、その悩みの中身は何なのか。1人は弁当のゆで卵でエイリアンの産卵をものまねしていたらあごが外れた。もう1人は晩ご飯の献立をかっこよくアレンジしたノートをSNSに公開された……。あほすぎる。そしてどうでもいい。
 この状況でよく「果てしなく絶望している権利がある」なんて言葉が出て来るものだ。権利があるのは認めるけど、権利を行使するタイミングを間違っている。カフカがきいたら怒るだろう。
 それで、ゆで卵であごが外れた少年についたあだ名が「アゴ玉」だ。私は夜、ほかに人がいる部屋でこの小説を読んでいたのだが、笑いをこらえるのが大変だった。

 この小説のもう1つのポイントは、所々に引用されたカフカの名言だ。カフカはエキセントリックな作風で有名なヨーロッパの古典作家で、知っている人も多いだろう。この作品を読むまで私も知らなかったのだが、カフカは自分に全然自信がない、すごく卑屈な人物だったらしい。だから彼の「名言」もネガティブだ。でも、単にネガティブなわけではない。それどころかセンスが神がかっている。作品本文から、特にすごいと思った2つをあげる。

——目立たない生涯。目立つ失敗。

——将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。

 これを読んだ時、カフカ天才やな、と私は思った。猫の玉三郎さんと言い、世界は天才だらけだ。

 今日のレビューはここまで。前述のとおり本作著者、猫の玉三郎さんの作品としては『とあるアラサー女子の10月の日記』も過去にレビューしたので、よかったらこちらもよろしく。

コメントする