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日辻芽太の快適羊生活! by 沢丸 和希

ジャンル

長さ

  • 長編
  • 120,522 文字
  • 4 時間 1 分ぐらいで読める

あらすじ

 天然パーマがチャームポイントの高校生、日辻芽太が目を覚ますとなぜか見知らぬ世界にいて、しかも羊になっていた。運よくモファット王国の美姫ミルギレッドに飼われることになった芽太は、毎日みんなにちやほやされる羊生活をエンジョイしていたが、ある日飼い主の危機を知り、彼女を害さんとする悪人の野望を阻むため、身を挺してミルドレッドの救出に向かう。

レビュー(ネタばれ注意)

 天然パーマの高校生が羊として異世界に呼び出され、一国の姫君であるスタイル抜群の美女に飼われてかわいがられるという、何かよく分からんけどすごいうらやましい感じのファンタジー・ライトノベル。特に羊である必要はないのに、犬とか猫ではなくあえて羊を選んだ著者のセンスが憎い。

 この小説の魅力の半分はストーリーのおもしろさにある。羊のメータが主人を悪人の手から守るために冒険を冒すシーンも見物だが、特におもしろいのは、主人公のメータが羊として異世界に呼び出された理由が明かされる所だ。異世界転移をテーマにした小説では、別段理由もなく主人公が異世界にやって来る作品が多いが、本作では主人公メータがなぜ羊になったのかということを含めて、彼が異世界に来た理由が説明され、それが話の目玉になっている。魔法で婿を呼び出すという発想自体がおもしろいし、王女の体の刺青や、彼女の婚活事情などいくつもの伏線とのうまくからめてあるのもよかった。メータが羊であること自体が1つの伏線になっている。

 しかしこの小説、前半はおおむね、美女に飼われる主人公が羊生活をエンジョイしているだけのシーンが続く。実はこの前半部分に数々の伏線が張られるわけだが、表面的にはこれといったイベントがない。それでも何だかんだで読んでしまうのは、文章自体のおもしろさに負うところが大きい。というわけでこの小説の魅力の残り半分は文章のユーモアだ。特に目立つのは、おばばの言葉とその通訳である。私の好みの箇所を引用する。

「大体、おばばは乱暴なのだ。何でもかんでも力で解決しようとして。おばばに殴られる度、幼い妾がどれだけ傷付いた事か」
「ん馬鹿はぁ~、殴らにゃ直らねぇ~」
「『口で言って分からぬ者には、体に
言い聞かせる他はないだろう』、とおばば様はおっしゃっております」
「嘘だ。妾は物心付いた時からずっとおばばに殴られてきたぞ。口で教えられた事など一度もなかった」
「んお前ぇ~、ずぅっと馬鹿だからぁ~」
「おばば様も、初めから手を上げていたわけではないようです。しかし、いくら言ってもミルギレッド様は繰り返すので、仕方なく、とおっしゃっております」

ここの「ずぅっと馬鹿だからぁ~」に笑った。しかもそれがなぜか「しかし、いくら言ってもミルギレッド様は繰り返すので、仕方なく」と通訳されるのだ。あまりに露骨な取り繕い方である。
 もう1つ引用。

「ん野郎はいやぁ~ん」
「『もし初めからこちらの姿で現れても、恐らくミルギレッド様は警戒されていたでしょう。ですからあの穏やかな姿でミルギレッド様のお心を解し、また愛情を行動で示していたのではないか』、とおばば様は推測されております」

おばばの言葉と通訳の分量がまったく釣り合っていない。
 さらにもう1つ、メータに対するおばばの熱い想いが露呈するシーン。

「んマッパの大売り出しぃ~」
「『その為に、己の全てを曝け出してまで相手を追い詰められたのだ』。おばば様はそう確信されております」
「んおばばぁ~、滾ったねぇ~」
「おばば様は、『大変感動された』、とおっしゃっております」
「ん坊やぁ~、超好みよぉ~」
「『ミルギレッド様をよろしく頼む』、と切に願っておられます」
「んもっと脱いでみようかぁ~」
「『感動のあまり、涙で前が見えない』、と」

んおばばぁ~、滾ったねぇ~」以降の矛盾にあふれた通訳は傑作だ。
 このようにおばばのセリフがすごく目立つが、主人公メータの若者言葉も何となくおもしろいし好感が持てた。

 最後に、些細なことだが心に残った表現があったのでふれておきたい。はじめて王女を見た時、彼女のグラマラスな姿を
胸ドーン、腹キュゥ、尻バーン
 とメータは表現した。これはまあ普通だ。だがその後この表現が徐々に略されて
胸ドーンの姉ちゃん
 となり、ついには
ドーンバーンな姉ちゃん
 と呼ばれるに至る。もはや爆弾の破裂音に近い。「ドーンバーン」だけで体型の表現が成り立つ日本語はすごい。そして著者の言語的センスに感服した。

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