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ネット小説名作レビュー

J-POPによくある歌詞だらけの桃太郎 by 星井七億

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 1,003 文字
  • 2 分ぐらいで読める

あらすじ

 昔々、おじいさんとおばあさんが都会の人混みの中でいつしか自分を見失いそうになっていました。ある日おばあさんが川で拾って来た大きな桃を割ると中から赤ん坊が現れました。桃太郎と名づけられた男の子はすくすくと成長し、やがて鬼退治の旅に出ます。桃太郎は臆病な自分を乗り越えて鬼退治へと小さな一歩を今確かに踏みしめていきました。
(一部を作品より引用)

レビュー(ネタばれ注意)

 白白しいJ-POP風の言葉使いがおもしろい、昔話パロディの傑作。一行目の

昔々、おじいさんとおばあさんが都会の人混みの中でいつしか自分を見失いそうになっていました。

からすごく笑えた。ネット小説の世界で散見される桃太郎パロディの中でも特にすぐれた作品だ。同著者による桃太郎パロディは他にもいくつかあり、アラクネ文庫ではそのうちの1つ『もしも矢沢永吉が桃太郎を朗読したら』のレビューも行ったので、よければこちらもどうぞ。

 本作品のジョークのおもしろさは実際に読んだらすぐに分かるのだが、それではレビューにならないので、ここではどうおもしろいのかを考えてみた。
 1つ目のポイントはJ-POP調の筆づかいの白々しさと大仰さだ。たとえば、おばあさんが川で拾った桃にこんな風に語りかけるシーンがある。

この桃と巡り会えたのはきっとキセキなんだね。永遠に約束するよ、家に持ち帰って食べると

いいからさっさと食べろと言いたくなる。このおばあさんはいつもこんなしゃべり方をしているのだろうか。桃としてはそんなことを約束されても嬉しくも何ともないと思うし、実に一方的だ。
 もう1つ私が好きな箇所をあげる。桃太郎が家来になるキジにきび団子をあげるシーンだ。

桃太郎が翼を広げていると、向こうからキジがやってきました。

「食べたくて食べたくて震える」

きびだんごへのおさえ切れない渇望が表現された、キザで回りくどい一文。キジといいおばあさんといい、物を食べる前に御託を並べる登場人物が多いようだ。

 ギャグのおもしろさのもう1つのポイントは、言葉の矛盾や理不尽にある。先程引用したおばあさんのせりふ

この桃と巡り会えたのはきっとキセキなんだね。永遠に約束するよ、家に持ち帰って食べると

の中にも、その日のうちに果たすであろう約束に対して「永遠に約束する」という矛盾があって、これがおもしろい。
 次のシーンもそうだ。

 桃太郎は鬼達の心の扉を叩いてこう言いました。

 「晴れた日は二人で手をつないで 鬼退治へと一緒に行こう

  どんなに辛い道のりだって お前を絶対離さねえ」

 桃太郎達はいっせいに跳びかかりました。

心の扉を叩くといいながら、実際には鬼の体を殴っているのである。ひどい偽善だと言わねばならない。それに続くシーンもすごく笑える。

 イヌはそのするどい牙で、鬼の腕にBrand new day.

 サルはそのするどいツメで、鬼の顔面をHold me tight.

 キジはそのクチバシで、鬼の眼球をLa La La……wow wow……

鬼の腕にBrand new day.
鬼の眼球をLa La La……wow wow……

 というのは結局何をしたのか。サルにいたっては

鬼の顔面をHold me tight.

 である。鬼の顔面を Hold するのか自分を Hold するのか分からない、むちゃくちゃな文章だ。
 小説最後の一文もおもしろい。

鬼達からゆずれない大切な何かを取り返した桃太郎達は、いつまでも幸せにI love you Remenberましたとさ。

ということだが、「ゆずれない大切な何か」って何なのか。物語の肝なんだから、変にごまかさないではっきり教えてほしい。

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