積まれた本

ネット小説名作レビュー

ココロマテリアル by 七瀬楓

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 75,907 文字
  • 2 時間 32 分ぐらいで読める

あらすじ

 高校生の志郎は、トランプの罰ゲームとして学園のマドンナ、山桜雫に恋の告白をする。誰もがふられると予想したが、思いがけず彼らはつき合うことになった。実は志郎の幼馴染である雫は、人知れず彼を想っていたのだ。しかし雫の日記を読んだ志郎は、雫が彼をストーキングしているとんでもない女であることを知る。雫の存在は志郎の負担になるが、小学生の頃彼女を突き放したことへの負い目もあり、彼は雫の相手を続ける。

レビュー(ネタばれ注意)

(注: このレビューを書いた後で小説著者による作品の更新がありました。そのため、レビューの内容が実際の作品と矛盾することがありえます。)

「チャラチャラした小説を書いているように見せかけて実はすごい実力を秘めてる」系の著者による、学園ラブコメの傑作 (著者さん、ごめんなさい!)。
 本作のキーワードは「ヤンデレ※」であり、ヒロインの山桜雫は主人公志郎に対する異常な執着にとりつかれている 。だが、異常ではあるものの彼女は必ずしも病んではおらず、ヤンデレ小説が迎えがちなバッドエンドもない。むしろこれは正統派のラブコメとして楽しむべき小説ではないかと思う。(※人を好きになりすぎて心を病み、その相手を傷つけたり殺したりするヒロインをヤンデレという。)

 雫は、黙って人をつけ回すし、都合の悪い人間を平然と敵視するし、誰に対しても猫をかぶっているし、自分勝手で攻撃的な人間だ。1人で「くふっ……くふふっ……!」と笑っていたりする気味の悪さもある。しかしそれでも、本気で誰かを愛している女性の姿は魅力的だ。雫が美少女であることも1つの要点ではあろうが、やはり志郎に対する一途な愛情が彼女の魅力になっている。
 雫が志郎を思う気持ちは誰よりも強い。彼女が学園のマドンナと呼ばれるようになったのも、何年も顔を合わせていない志郎を思い続け、彼を自分のものにするために男性の好みを徹底的に研究して実践した結果だ。一方の志郎も雫を好いていることは間違いないが、はじめは特に何とも思っていなかったようだし、雫のエキセントリックな行動や、ほかの女友だちへの思いから、彼の気持ちは揺れ動く。それに比べて雫の心は気持ちのいいほど一貫している。彼女は志郎のことしか考えておらず、彼を喜ばすためには朝4時からしこんだ弁当を重箱につめて持って来るし、志郎のズボンをふこうとした喫茶店の店員に向かって

志郎ちゃんに触らないでッ!!

 と叫んだりする。彼女の志郎への思いを表す描写は枚挙にいとまがない。そういう彼女の愛こそが本作第一の見どころだ。誰だって、これぐらい強く人から愛されたいと思うことがある。小説とか映画、漫画といったものは、現実にはかなわない、そういう願いを実現するためにあるんだと思う。
 自分勝手で他人の事情をかえりみない雫は一見神経の太い人間に思える。それはまったくの間違いではない。しかし一方で、子供の頃に志郎から拒絶されたことを高校生になった今でも気にしていたり、志郎をたたいた時、彼に嫌われることを恐れてパニックになったりと線の細い所もある。パニックにおちいった雫が

うっ、嘘だ! 志郎ちゃんは、あの女の方がいいんだ……あたしの事を、ウザイと思ってるんだ!

 と言うセリフは、小説の1つのハイライトになっている。その上、気の強そうに見える彼女は梢との口げんかにも負けてしまう。そのギャップがもう1つの雫の魅力だ。また、普段はエキセントリックな雫も気持ちが安定している時は素直であり、志郎から思いがけずCDをプレゼントされて

う、うん。ぜったい、ぜったい聞くよ

 と言って感激したりする。これもまた彼女の見せるギャップだと言えるだろう。

 上ではちょっと否定的な書き方もしたが、いつも謙虚で心優しい主人公の志郎もすごく魅力的な登場人物だ。自分が女だったら、こういう相手と一緒になりたいと思う。突然2人の美少女から求愛を受けるという特殊な状況にありながら、彼の心の動きが自然に、人間的に描かれているところは、この作品のもう1つのすぐれたポイントだ。

 ヤンデレをテーマにした小説ではバッドエンドが多いそうだが、志郎と雫はその定石によらず、最後にちゃんと結ばれる。実にめでたい。でも、その結果としてもう1人のヒロインである渋谷梢は失恋をしてしまう。読者によってはこれが気になることもありえるが、誰も傷つかないようにお茶を濁して終わるのは現実的な解決とはいいがたいので、それもやむをえないと思う。

 ところで、この小説はラブストーリーの中でもラブコメに属する。それがどういうことかというと、おもしろいジョークがたくさん出て来るということだ。ストーリーもおもしろいが、ギャグもいいのである。授業中に漫画を読んでいる志郎が、ヒロインに殺される主人公の境遇に我が身を重ねて涙を流して恥ずかしい思いをするシーンとか、約束の50分前にデートの待ち合わせ場所に来ていた雫が

いやぁ、今来たとこだよ?

 と言って早すぎる到着をごまかすところなどが特によかった。また、ストーキングにかける雫の並外れた努力を高校球児の根性にたとえるなど、ハイセンスな比喩による冗談も多い。

コメントする

2つのコメント

七瀬楓
2016-12-08 03:39:56

はじめまして、作者の七瀬楓です。 今更になって発見して、お礼を言うのが遅れてしまいましたが、こんなに気合の入った感想をいただけて嬉しいです。 特に、志郎を魅力的な人物と言っていただけたのがありがたい。普通にモテそうなタイプをイメージして書いたので、それが当たっていたようですし。 レビューありがとうございました!

Koji
2016-12-09 15:00:43

七瀬さん、はじめまして。 コメントありがとうございます。めっちゃ嬉しいです。 お礼が遅れたなんてとんでもない。 10年後であれ100年後であれレビューの感想は大歓迎です。 それはさておき、ココロマテリアルは本当におもしろい小説でした。 とりわけ私の好みにどんぴしゃでした。 というのも、私は異性への執着を描く作品が好きなのです。 私も趣味で小説を書いているのですが、ココロマテリアルを読んだ時に、自分の書きたいものを先に書かれてしまったと思ったことと、七瀬さんの文才をうらやましく感じたことを覚えています。