積まれた本

ネット小説名作レビュー

高所死にたい症 by 月影 ゆかり

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 445 文字
  • 1 分ぐらいで読める

あらすじ

 高い所にいると、ふと飛び降りたくなる。これは好奇心なのか。それとも楽になりたいのだろうか。私は屋上のへりから右足を宙へ突き出した、そして左足も。――と思ったが左足は出なかった。

レビュー(ネタばれ注意)

 高い所にいると飛び降りたくなる、でも実際には自分が飛び降りたりしないことも分かっている、という微妙な人間心理を描いた、限りなく誌に近い掌編小説。
 この小説は、一種の「あるあるネタ」ではないかと思う。疲れた時とかむなしい時に、高い所から飛び降りたいとか電車に飛び込みたいと思うけど、現実にはそんなことができないことも分かっている、という気持ちになったことのある人は案外多いんじゃないだろうか。共感を誘うこの内容が第一の見所だ。
 この話では、学生らしいヒロインが学校の屋上とおぼしき所にいて、ふと死にたいと感じる。それで屋上のへりから空中に右足を差し出す、そして左足も、と思ったら左足は出ない。手はがっしりと手摺りを掴んでいる。ここの描写がリアルですばらしい。せっかくなので、そのシーンを引用させていただく。

右足を宙に浮かせる。

そして、左足もーー

左足は 出なかった。

手も、がっしりと手摺りを 掴んでいる。

やっぱり。

心臓が、ドクドクと波打っている。

私は右足を戻した。

また、この場面の直前で、ヒロインは

これは、好奇心なのか。

それとも、楽になりたいのか。

と自分の心情を分析している。死にたいと感じるのが、単なる好奇心のせいかのか、実際に楽になりたいからなのかという疑問も、とても現実的な描写だ。実際、これを判断することはかなり難しいのかもしれない。

 この小説の2つ目の見所は端正な文章である。白々しくなりがちな希死念慮というテーマを自然に書けているだけでも十分すぐれているし、その上言葉づかいまで美しい。意識してやっているのかどうかは分からないが、細かく句読点を入れる書き方には独特のリズムがある。上に引用した、右足を宙に出すシーンもよかったが、駄目押しに冒頭部分も引用しておこう。

「死にたい」

時々、 いや 高い所にいると 思ったりしてしまう。

橋の上、階段、屋上

ふと 飛び降りたくなる。

その度に落ちようとする。

結局は、死なないのだが。

 途中に出て来る風景描写も文章のアクセントになっていていい感じだ。死にたい気持ちときれいに晴れた空の対比が憎い。この描写を含む段落(?)を引用してこのレビューを終わる。

目が痛い。

空が綺麗すぎて、目が痛い。

今日は 晴れ

雲が丁度、太陽に照らされていて 綺麗だ。

「はぁ」

死にたいに理由はいらないかもしれない。

私は、今 正に飛び降りようとしていた。

これは、好奇心なのか。

それとも、楽になりたいのか。

コメントする