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おんぼろ電車 by プロッター

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あらすじ

 若さに甘えてフリーターを続けるうちに35歳の誕生日を迎えた光一は、大きな借金を作ってオートバイを買う。だがスピードの出しすぎで事故を起こして数日で壊してしまい、自業自得の理由により同時に職も失う。光一は絶望して自殺を企てるが、人生の最後にと昔住んだN市を訪れ、子供の頃に死んだ従姉妹マリ子との思い出があるチンチン電車に乗る。そこで彼は、車両の壁のすき間にマリ子が残したメモ書きの紙片を見つける。

レビュー(ネタばれ注意)

 絶望した主人公の身に起こるエピソードが目頭を熱くする、ヒューマンドラマ掌編。読んでいると、実際のボリューム以上にストーリーが充実している印象を受けた。それだけうまく書かれているということだろう。

 物語の前半では、いい加減で自分本位な主人公、光一が自業自得で身を滅ぼし自殺を企図する成り行きが描かれる。まずこの部分の書き方がとてもうまい。簡単に説明すると、光一は35歳になった記念に借金を作ってオートバイを買うがスピードの出しすぎで事故を起こし数日で壊してしまう。しかも、食品工場で働く際に帽子をかぶるのを拒んだせいで食品に髪の毛が入り、同時に仕事までなくす。その結果人生に絶望して自殺を企てる。ここまでわずか2500文字程度の文章であるにもかかわらず、光一が死にたいと思うことに対してしっかりとした説得力がある。
 彼は借金をしてまで念願のオートバイを手に入れて幸せにひたるが、その矢先に事故で駄目にしてしまう。この幸せと不幸のギャップが彼の心に強いショックを与えただろう。しかも借金だけは残る。当然返済する必要があるわけだが、間が悪いことに職までなくしてしまう。こんなことが一遍に起こったら死にたくもなると思う。それでなくても、そんなに幸福な生活を送っていたわけではなさそうだ。

 しかし、死に場所を求めて富士の樹海とどこかの海岸を訪れた光一は、何だかんだ理由をつけて結局死なない。ここにも彼の甲斐性のなさが表れている。
 だが、彼はその海岸で1つの転機を得る。25年前に死んだ、仲のよかった従姉妹のマリ子のことを思い出すのだ。彼女との思い出を求めて光一は子供の頃に住んだN市へ行き、チンチン電車に乗る。子供の時分にも彼はマリ子と同じような電車に乗って街を巡ったことがあったのだった。
 そしてここからが小説のハイライトだ。乗り込んだ電車の壁の隙間に目をやった時、彼は古い紙片を見つける。それは何と25年以上前にマリ子が光一の目の前で書いたメモだったのだ。当時マリ子が隠したので光一はその内容を知らず、ここではじめてそれを読む。紙にはこんなことが書いてある。

2人がいつまでも仲良しでいられますように

 この展開に、読者である私は思わずぐっと来てしまった。光一は、男が泣くなどもってのほか、という思想の持ち主であり、前に泣いたのがいつのことだったか覚えていないぐらいだったが、それにもかかわらず思い切り泣いてしまう。この成り行きにも「それは泣くわ」と思わせる説得力があった。
 ここで、大の男が泣いているのをいぶかった婦人に、どうしたのかと光一はたずねられる。しばらくしてようやく気持ちが落ち着いた時に彼は答える。

自分も過去に一度だけ、人から愛されたことがあったのだ、とやっと気がついたのです

 何とも深みのある言葉だ。光一は軽薄な男として描かれているが、それでもやっぱり深い。
 その後電車を下りた彼は
俺はそこまで追い詰められていたということなんだろうか…
 とつぶやいてから、生きていてよかったと思い直し再び歩き始める。主人公はすでに35歳だが、実にええ感じの青春小説なのだった。

 ところで、25年以上前に電車の壁の隙間に差し込んだ紙片を再び見つける、というエピソードは現実には起こりそうにない出来事だ。これを受け入れるかどうかが作品を評価するポイントになりえる。私はハリウッド映画で主人公だけが銃弾に当たらないことに不自然を感じるし、小説もリアリティを軽視するべきではないと思う。だがフィクションとはそういうものだというのも1つの考え方だし、全体の話作りがとてもうまいので、本作は小説として十分ありだと思った。そんなわけで、このおもしろい作品をアラクネ文庫で紹介させていただいた。

 アラクネ文庫では過去に、同著者雨宮雨彦さんによる小説『蝶の鼻』と『男子の仕事』のレビューも行いました。いずれもショートショートで読みやすい作品です。よろしければこちらもどうぞ。

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