積まれた本

ネット小説名作レビュー

おやすみちゃんそのに by くらげみん

ジャンル

長さ

あらすじ

 取引先と上司にひどく怒られ、日付が変わるまで残業して疲れ切ったヒロインは、家に着くなり力尽きて玄関先で眠り込んでしまう。その彼女の背中をスプーンでつついて起こしたのは、家で待っていたおやすみちゃんだった。

レビュー(ネタばれ注意)

 つらい現実とメルヘン、さらに、かわいらしい登場人物とオヤジ臭さのコンビネーションが独特の味わいをかもす現代ファンタジー……なのかな。少し分類が難しいが、多分ファンタジーに入るはず。

 この作品で目立つのは、何と言っても「おやすみちゃん」の存在だ。「おやすみちゃん」というのは妖精みたいなものらしく、甘いものをあげると、嫌なことを頭から追い出して楽しい夢を見せてくれる。本作の前編にあたる『おやすみちゃん』という作品によると、「おやすみちゃんは赤ちゃんなのか、女の子なのか、男の子なのか、よくわからない顔を」していて、黄色いほっかむりをかぶっている。マシュマロの袋を抱きしめる描写があることを考えると、多分体は小さい。
 このおやすみちゃんは、スプーンでおでこをこつんとつついたり、角砂糖のような甘いものをねだったり、ツンデレ気味な性格だったりして、いかにもかわいらしく描かれている。次のシーンではそれがよく分かる。

「白いでしょ?いい香りでしょ?きっと美味しいよ、食べてごらん」

そう言われておやすみちゃんはゆっくりと、口の中にマシュマロを入れた。するとまん丸の目を見開いて、お餅のような顔をピンク色にして、鼻息もちょっと荒くなった。

『これ、なんていうん、なまえ…』

「マシュマロだよ、マシュマロ」

ましめろ…とおやすみちゃんは呟いた。ましめろじゃないけど、おやすみちゃんはどうやら、新しい報酬に満足したようだった。しっかりとマシュマロの袋を抱きしめて、またにんまりとした顔で笑う。

ましめろ…」という言葉が絶妙にほほ笑ましい。Twitterでのやり取りを見ていると私以外の読者にも好評だったようだ。
 その上おやすみちゃんには
『ほんなら、あれでええで、代わりのやつ、牛のマークのやつ』
 みたいな「下手くそな関西弁を使う」という特徴があり、とにかくインパクトがすごい。ひょっとしたら通天閣のマスコットのビリケンさんみたいなやつなんだろうかと想像している。

ビリケン像

きもかわいい通天閣のマスコット、ビリケンさん(ウィキメディア・コモンズより)

 しかし! 私としては、社会の荒波に揉まれて疲れた1人の女性をおやすみちゃんがやさしく慰めるという、温かい話の内容を、この小説1番の見所に上げたい。
 その日取引先と上司にこっぴどく怒られ、コンビニで晩ご飯(または夜食)を買って終電で帰宅した彼女は、あまりに疲れていたせいで玄関の床の上に眠り込んでしまう。その後おやすみちゃんに起こされると
「…ねえ、おやすみちゃん、私、このまま生きてて、何になるのかな」
 みたいなことをつぶやいたり、マシュマロの甘い香りに涙を流しそうになったりもする。骨の髄まで疲れているのだ。でも、そのヒロインのおでこをおやすみちゃんがこつんとつつくと、彼女の意識は現実を去り、マシュマロの雲に満たされた甘い夢に入り込む。単にかわいいだけにも見えるおやすみちゃんの存在が、彼女にとっていかに大事なものかが思いやられる。つらい暮らしを送る彼女が楽しい夢を見ているところを想像すると、読んでいる方も心が癒やされる気がする。次の日はまた厳しい現実と戦わなければならないのかもしれないし、

おやすみちゃんは、灰になった人間を、見たことがあるのだろうか。灰になった人間を、知っているのだろうか。

などと考えているあたり完全に現実を忘れているわけでもないようだが、彼女には一時の愉快な夢を堪能してほしい。

コメントする