積まれた本

ネット小説名作レビュー

ペンギンは空を飛ばない。 by 夏瓜 竹海

ジャンル

長さ

  • 短編
  • 9,635 文字
  • 19 分ぐらいで読める

あらすじ

 朝起きたら、父がペンギンになっていた。原因不明の奇病で治る見込みもなさそう。父は平然とそれまでどおりの暮らしを続けるが、私の気持ちは複雑だった。

レビュー(ネタばれ注意)

 SFの体裁を借りた本格的な純文学短編。ユーモラスな筆づかいで書かれた作品はコメディとして読むこともできるだろう。

 この小説を見て真っ先に目を引くのは、父がペンギンになるという突飛な設定だ。ほとんどの読者はこれが気になって読み始めると思う。著者によるあらすじにも

朝起きたら、父がペンギンになっていた。※短編

としか書かれていない。話の筋は分からないものの、こういう風にキャッチコピーとしてあらすじを使うのもありかもしれないなと思った。要するに読者の興味を引いて小説を読ませればいいのだ。シンプルだし、インパクトがある。

 そういうわけで、この小説はつかみがいい。そしてさらに大事なことは、インパクトのあるコピーに見合うすぐれたストーリーがあるということだ。簡単に言えば、大好きな父がペンギンになってしまったことにたえられない娘が父を焼き殺す、という内容で、これがすごくええ感じに書いてある。ある朝女子高生であるヒロインが目を覚ますと父がペンギンになっているわけだが、その後も父は平然と暮らし、母の態度も変わらない。娘であるヒロインも一見それまでと変わりない生活を送り、彼女ら家族の日常が自然に描写される。しかし、実は娘の気持ちは揺れている。父と一緒にプラモデルを買いに行った時のことを思い返していた時、彼女は突然理解する。自分が父を大好きだったことに。その父が訳のわからない奇病にかかって突然ペンギンになり、治る見込みもないことが彼女にはたえられないのだ。
 ここまで読んだだけでも、SFの枠組みを借りたヒューマンドラマとして大変すぐれた小説だと言える。しかし、野心的な著者は最後に衝撃的なエピソードを残している。父がペンギンになったことにたえられないヒロインは、電車に火をつけてほかの動物人間もろとも父を焼き殺してしまうのだ。読みごたえのある純文学に出会ったことに大満足して、私は本作を読み終えた。
 長さもちょうどいい。シンプルなストーリーが1つどーんとあって、それを過不足なく描写する分量の短編になっている。

 この小説のもう1ついい所は、ユニークでユーモラスな文体だ。女子高生の一人称で書かれているが言葉使いはどちらかというと中性的であり、純文学らしい(?)落ち着いた筆致になっている。しかし、この淡々とした言葉づかいで打ち明けられるからこそ、父を思うヒロインの心にぐっと来るのだ。
 ユーモラスと言ったとおり、この文章には数多くのジョークが織り込まれていて、それがなかなかおもしろい。たとえばこんな感じ。

「ちょ、ちょっと待って」話をやめそうもない母を制して私は云った。「誰の子?」

 突き飛ばされた。

「いったぁ……」

「なんてこと云うのよ」ぷりぷりする母。「お父さん以外、知らないわよ」

 そんな情報、いらんわ。

 深みのあるストーリーと、意外性のある展開と、ユーモラスで読みやすい文章が融合した名作だった。短めの話なので興味が湧いたら読んでみてほしい。

コメントする