積まれた本

ネット小説名作レビュー

サイコパスハンター・零 ~百合と外道と疾走するウロボロス~ by 春風小夏

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 58,108 文字
  • 1 時間 56 分ぐらいで読める

あらすじ

 妊婦の腹を裂いて胎児をとり出し、代わりに別の被害者の乳房を切り取ってそこへ詰め込むという、とんでもない連続猟奇殺人事件の捜査を行う美人刑事の杏里。被害者は全部で4人おり、環状地下鉄の線路沿いに事件は起こっていた。杏里のガールフレンド、零の知恵を借りて推測された犯人の動機は何と、円形の巨大魔方陣を作って何者かを呼び出すことだった。

レビュー(ネタばれ注意)

 サスペンスとファンタジーとホラーとガールズラブの要素を含む刑事もののミステリーであり、話の最後にはヒロインと電車に擬態した怪物が戦うという、個性が爆発する作品。オリジナリティがあるだけでなくて、文章もうまいしストーリーもおもしろかった。
 なお、この作品は『サイコパスハンター・零』というネット小説シリーズの第5作目だ。『サイコパスハンター・零』は執筆が速くて内容もいい感じのシリーズである。作品へのリンクの下に、シリーズ作品一覧ページへのリンクを貼って置いたので、本作を読んで気にいった人は他の作品も要チェック! ちなみにアラクネ文庫では、過去作『サイコパスハンター・黒野零』と『サイコパスハンター・零 ~百合と髑髏の狂想曲』のレビューも書かせていただいたので、こちらもよろしく。

 さて、このシリーズには数多くの特徴があるが、今作では特にミステリー、ヒーローもの、サスペンス、ファンタジーとしてのおもしろさが目立つ。シリーズ中で一番文字数が多いのも読みごたえがあってよかった。どんな風におもしろかったのかをもうちょっと詳しく説明しよう。

 まずはミステリーだ。この小説は猟奇殺人事件をあつかうミステリーだが、その猟奇具合が尋常ではない。裂かれた妊婦の腹から胎児が持ち去られて代わりに切り取られた乳房が詰め込まれているという遺体の描写は、ストーリーの冒頭から読者に強烈なインパクトを与える。しかも、話が進むとそれが4人の被害者を出す連続殺人事件であり、それぞれ死骸の腹の中に別の被害者の乳房が詰め込まれ、胎児たちはミキサーにかけて下水に流されていたことが判明する。私は今まで多くのミステリーを読んできたが、これ以上に猟奇的な殺人事件は思い出せない。
 だが、本作の本領発揮はその後かもしれない。この連続殺人事件は那古野市という都市の環状地下鉄沿いに起こっていて、犯人の動機は何と、正体不明の怪物を呼び出すための円形の巨大魔方陣を作ることにあったのである。その事件があった後、大型のワニに食い千切られたような無惨な死体が地下鉄で立て続けに見つかるという別の連続殺人が発生し、これは何者の犯行かという話になる。やがて明らかになるその正体は、古代の地中海世界あたりに出て来る架空の動物ウロボロス(※)であり、魔方陣によって呼び出されたこの怪物が電車に擬態して人を襲っていたのだった。こんな展開をどこの読者が予想するだろうか。ミステリーの世界に妖怪やファンタジーを持ち込むのは推理の可能性を奪う反則技であって、まじめにミステリーに取り組んでいる人が読んだら怒り出しそうな内容だが、私は常識を無視した本作のはちゃめちゃなミステリーが好きだ。(※ウロボロスは自分のしっぽを加えて環状になったヘビ、またはドラゴン)。

 ミステリーの次なる見所は戦闘シーンである。戦闘は2回あり、1つ目では、建設中のマンションの鉄骨の上でヒロインの1人の零が外道(※)と戦う。ここで零は華麗に飛び上がって、忍者の飛び道具である苦無を敵の顔面に打ち込む。これが実にかっこいい。その後はいつものように、長い舌で相手を突いてやっつける。
 2度目の戦闘ではヒロインの杏里と零が巨大な怪物ウロボロスと戦う。しかし杏里たちは始め敵の正体を知らず、地下鉄の巨大な地下操車場の中で姿の見えない敵を捜索する。そこで地下鉄の整備士が電車の扉に挟まれて殺され、ここではじめて敵の怪物が電車に擬態していることが分かる。この電車に擬態した巨大な怪物が、すごく私をわくわくさせた。怪獣映画にも通じる魅力的な敵役だ。私がこの作品をファンタジーとしておもしろいと思ったのは、この怪物の存在が大きい。
 それから杏里は怪物に銃弾を撃ちこむ。怪物は緑の体液を噴き出してのたうってから杏里を追いかけ、彼女は円形の操車場の外周に沿って必死に逃げる。いつも杏里を助けてくれる零は調子が悪くてなかなか現れない。杏里が力尽きそうになったところで、零が乗った電車の突進を受けて、ようやく怪物は退治される。このやり方も豪快で楽しい。ここは戦闘シーンの山場であると同時にサスペンスとしても一番おもしろい所だ。
 ところで、ここで意表を突くのはウロボロスの行動だ。ウロボロスというのは自分のしっぽをくわえる環状のヘビのことである。しかるに、この話に出て来るのは単なる電車の化け物だ。これがなんでウロボロスなのかと思ったら、怪物は杏里を追いかけつつ地下操車場の外周にそってにょきにょきと体を伸ばす。やがて、外周全体に体が伸びれば頭としっぽが出会うことになり、そのしっぽをくわえればウロボロスの完成! というわけだ。えっ、ウロボロスってそういうこと!?
 それはさておき、その時の杏里の言葉がちょっとおもしろかったので引用する。

ここでもし私が力尽きてこの化け物に食われてしまったら…。
おそらくこいつは、自分の尻尾を咥え込んで、巨大な円環構造を完成させるに違いない…。
もしそうなったら、いったい何が起こるのか。
そこまではわからないが、きっとろくでもないことに決まっている。

きっとろくでもないことが起こるに決まっている」という言葉の投げやり感がいい。なお、サブタイトルの「疾走するウロボロスは」は電車に化けたウロボロスのことらしい。副題のつけ方がおもしろい。
 ついでなので、全然関係ないシーンからおもしろかった杏里の言葉をもう1つ引用させてほしい。

「あなたたちは?」
 現場監督ふうの恰幅のいい男が前に進み出た。
「警察だ。こっちのボインちゃんもな」
 ボインって、何? 死語を通り越してもう化石だし。

ボインって、何?」が妙に笑えた。杏里の呆れる顔が目に浮ぶようだ。

コメントする

2つのコメント

春風小夏
2017-03-12 21:14:55

お初にお目にかかります。 春風小夏です。 レビュー、ありがとうございました。前2作のものは拝見させていただいていたのですが、まさか3作目も取り上げていただいていたとは…。 自分では気に入っているものの、突拍子もなさすぎて、なかなか評価されにくい作品なだけに、とても嬉しく思っています。 また新たなネタを思いつき次第、続きを書こうと思っていますので、よろしければお読みください。

koji
2017-03-13 05:51:33

コメントありがとうございます! 何ヶ月ぶりかでブログにコメントをいただき大変嬉しいです。 『サイコパスハンター・零』シリーズは、ミステリー、SF、アクション、ガールズラブなどの混ざった突拍子のなさも魅力の1つだと思います。 確かにネット小説としては見過ごされやすい分野なのかもしれませんが、話がおもしろいことは間違いないので、春風さんの小説がもっと評価されるように願っています。 また、ほかのシリーズも含めて、新作を投稿なさるのを密かにお待ちしています。