積まれた本

ネット小説名作レビュー

六月と蒼い月 by 金時るるの

ジャンル

長さ

  • 長編
  • 403,768 文字
  • 13 時間 28 分ぐらいで読める

あらすじ

 20世紀はじめ、中部ヨーロッパの孤児院で育った14歳の少女ユーニは、理由も分からないまま、性別と年齢をいつわって名門の男子校クラウス学園に入学させられる。ユーニは学校や街で出会ういくつもの事件をすぐれた洞察力によって解決し、家族のいない寂しさに悩みながらも、クラスメートや知り合いに助けられて何とか学生生活を続ける。ところがある時、偶然のきっかけから本人も知らないユーニの特異な素性が明らかになる。

レビュー(ネタばれ注意)

(追記: この記事を書いた後小説著者による作品の変更がありました。そのため、以下のレビューには現在公開されている作品との矛盾がありえます。)

 40万文字の大長編ネット小説。文庫にしたら3冊強ぐらいだろうか。それを7ヵ月余りで完成させているのだから筆の速さは折り紙つきだ。ただ、これだけ長い話になればある程度やむを得ないとは思うが、ミステリーの筋書の粗さはいなめない。しかし、それでもやっぱりおもしろかったので紹介させていただくことにした。本格ミステリーを求める読者には向かないかもしれないが、ライトノベルが好きな人ならきっと楽しむことができるだろう。現実世界を建前にした小説であり、魔法とか妖精みたいなものは一切出て来ないが、20世紀初頭のヨーロッパが舞台になっていて、ファンタジーに通じるしゃれた雰囲気がある。

 この小説の見どころはまず、主人公ユーニの魅力にある。誰に対しても敬語で話す彼女は一見事務的な女性にも思えるが、実は全然そんなことはない。感情豊かで、人間らしい悩みを抱え、学校の授業についていけないくせに時々すごく頭が切れる、チャーミングな人物なのだ。クルト、ヴェルナー、ロザリンデ、イザーク、孤児院時代の「おにいちゃん」などの描写にもそれなりの紙面が費やされているが、ユーニの描写が一番読みごたえがあった。彼女視点で書かれるユーモラスな文体にも注目したい。

 次なる見どころは、ユーニたちのラブストーリーだ。本作の主眼はミステリーにあるが、彼女らの恋も小説の重要な要素となっている。40万文字の長い物語の後で彼女の恋が成就するところは、間違いなく大きな見どころだ。彼女の結婚に関するエピソードで話が終わるぐらいである。
 しかし、このことをより深く語るためには、この作品の持つ特異な背景をまず説明しなければいけない。というのは、この小説は『小説家になろう』と『カクヨム』という2つのサイトに投稿されているが、サイトによってなぜか結末が異なるのだ! ある意味で、これこそが本作品最大のミステリーである。すごく興味深い。というわけで、小説家になろう版とカクヨム版の違いを考察してみる。

 細かな違いはいくつもある。たとえば、カクヨム版だけ『〜性別詐称少女の事件簿〜』という副題がついて誤字も修正されているし、2つのサイトでいくつかの章題が異なる。しかし、これはそんな重要なことではない。肝心なのは、主人公ユーニが最後に結ばれる相手が違うということだ。これはとんでもない相違である。ストーリーの一番大事な所が違っているとさえ言える。そのために、カクヨム版では『六月と精花節』という短い章が新設され、小説家になろう版にある『六月のそれから』という章が短縮されて他の章に吸収されている。一方の小説家になろう版には、番外編として、結婚生活を送る彼女らの後日談が掲載されている。
 ここで読者にとって問題になるのは、どちらを読むべきかということだろう。カクヨム版の方が後に書かれたようで、視点の混乱や誤字の一部が修正されているし、キャッチーな副題がついている。また、ユーニが結婚あるいは婚約する相手は、小説家になろう版ではヴェルナーだが、カクヨム版ではクルトである。登場回数が多くてユーニとも近しい間柄にあるクルトが彼女と婚約することは、読者をがっかりさせない無難な筋書きだと言えるかもしれない。
 しかし、私は小説家になろう版をすすめる。ヴェルナーがいなくなった時、彼を想う自分の恋心にユーニが気づくシーンはとてもよかった。
生きてされいれば、またいつか逢えるかもしれないだろう?
 と言ってなぐさめられたユーニは

いつかじゃ嫌だ。今すぐ逢いたいんだ

 と心の中で叫ぶ。私はこのセリフがむちゃくちゃ好きだ。それに、これは私の個人的な好みではあるが、彼女がクルトと婚約するのでは当たり前すぎる気もする。さらに、著者の当初の予定では、ユーニはヴェルナーと結婚することになっていたと推測している。ヴェルナーと結婚する小説家になろう版が先に書かれていることが1つ目の根拠であり、もう1つは、その方が話がしっくりくることだ。たとえば、どちらの話でもヴェルナーはユーニに黙ってどこかへ引っ越してしまうが、カクヨム版ではその必然性が小さく、その後すぐに行方を突き止められるのも少し不自然だ。
 最後にもう1つ。小説家になろう版には5枚の挿絵がついていることも見逃せない。上手なイラストは見ていて楽しいし、登場人物たちがどんな顔をしているのか分かって作品を味わう助けになる。私は挿絵のヴェルナーの顔が思っていたのとあまりにも違ったのでショックを受けた。しぶいおっさんかと思ったら、すごいイケメンの若者だった……。

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