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さかなたちの、いうことには by あおいはる

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あらすじ

 ぼくと同じ美術部に入っている、となりのクラスの女の子はいつもひとりだ。赤と黒の絵の具を大量に使って「血でも吐いた」ような絵を描いている。
 2月、みどり色をした学校のプールに彼女が入るのを見て、ぼくも無意識にそのプールへ飛び込んでいた。みどり色だったはずの水は透明に澄み、壁らしきものも見えず、たくさんの魚が泳ぎ回っている。そこで彼女は、自分が実の父を愛していることを打ち明け、次にぼくの秘密をたずねた。

レビュー(ネタばれ注意)

 幻想的な世界観と独特の文体が特徴の、抽象的な短編小説。童話のようにシンプルなスタイルで書かれた文章は完成度が高く、あつかっているテーマも結構深い。

 この小説の第一の見所は、上でも触れたようにファンタジックな雰囲気だ。季節外れの学校のプールが作品の舞台になっているが、主人公の男子高生がそこへ飛び込むと、水は透明に澄み、色々な魚が泳ぎ、なぜか壁も見当たらないという不思議な世界が広がっている。魚の描写も

 さかなは、なまえのわからないさかなばかりだった。
 水族館でみたことがあるような、ないような。
 スーパーの鮮魚売り場でみたことがあるような、ないような。
 さかなやさんでみたことがあるような、ないような。
 図鑑でみたことがあるような、ないような。
 あじ、みたいのがいれば、サメ、みたいのもいた。

 となりをおよいでいた、なまえのわからない、ぴかぴか銀色に光る、へびのようにからだの長いさかなが、ぼくをおいて、およいでいった。

など、それとないこだわりを感じる。
 この魚たちはどういうわけか言葉を話すのだが、セリフから伝わって来る彼らのキャラクターがなかなかおもしろい。たとえばこんな話をしている。

『なんぎね、にんげんって』
『ほんとうね、にんげんって、めんどうくさいいきものだわ』
『でも、ぼくらも、おすどうしではたまごがうめない』
『はんしょくこういを、コイだのアイだのとこんどうしているから、めんどうなんじゃないの』
『こうびはこうび、レンアイはレンアイって、わりきればいいってこと?』
『なんだかぼくらが、じょうちょのないいきものみたいで、いやだな』
『どうりにしばられていきるにんげんより、じゆうですばらしいじゃないの』
『それも、いちりある』

なんというか、とらえ所のない性格だ。

 それともう1つ、小説の雰囲気を語る上で外せないのは、話に出て来る少年と少女の間にある親密なムードである。彼らは恋人同士でも何でもないが、人には言えない秘密を持ってプールに飛び込んだという共通点がある。魚たちによれば

『にんげんのせかいでいきづらくなったひとが、ここにやってくる』

とのことだ。それで、もともとそれほど親しかったわけでないにもかからず、彼らの間にはある種の近しい空気があって、それがこの作品の密やかで心地いい雰囲気のもとになっている。そのためか、この文章を読んでいると何となく気持ちが落ち着く。

 世界観に続く、本作2つ目の見どころはマイノリティに属する人間の悩みだ。登場人物2人のうち1人である女子高生は、実の父への報われない愛に苦しんでプールに飛び込む。主人公の男子高生も自分がプールに飛び込んだ行為を「入水」と言い表している。(プールで自殺ができるのか、みたいな野暮なことを言ってはいけない!)
 女性が自分の父を愛してしまうというのは、自らの意思や努力ではどうにもならない、かなりつらい状況だ。軽いタッチで書かれていても、彼女の悩みは深刻である。学校にいる時も、部活の時間まで含めて常に1人きりで、美術部では「血でも吐いた」ような絵を描いているという。こんな絵を描くのも、大きな悩みを抱えていることと関係があるのだろうか。
 一方の少年は、本人が性的なマイノリティであるわけではないが、男の親友から恋心を打ち明けられて気が動転し、途方に暮れている。また、その親友に
ふざけんな、キモいんだよホモやろう
 と心にもないことを言って傷つけたことを悩んでいる。
 2人の悩みは特殊ではあるけども、人間の心とか悩みをあつかった小説はやっぱり読みごたえがある。

 ところで、この小説では

『いきているとおもうなら、いきているし、しんでいるとおもうなら、しんでいるよ』

という魚の言葉が強調されている。作品のタイトルは『さかなたちの、いうことには』だが、これは「いきているとおもうなら、いきているし、しんでいるとおもうなら、しんでいる」と続くのかもしれない(違うかもしれないが)。
 恐らくそのことについて、少年が「ねえ、キミは、どうするの」と少女にたずねた時、彼女は
「どうするのって、決まってるでしょ。わたしは、おとうさんのそばにいたら、いけないの」
 と言って泣く。少年の方は迷っているようでもあるが、少女はもう生きる意欲がないのかもしれない。

 そのシーンの少し後で

 ぼくはいま、とてもあの、さっきまでとなりをおよいでいた、なまえのわからない、ぴかぴか銀色に光る、へびのようにからだの長いさかなに、逢いたい。

 という文が来てこの小説は終わる。何か謎めいた一文だが、その上の二文

 小さくて可愛らしいさかなたちが、女の子の顔のまわりを、ひらひらとおよいでいた。
 なぐさめているみたいだ、と思った。

を踏まえると、彼は誰かに慰めてもらいたいのかもしれない。もし
「誰か慰めてくれないか」
というのを
ぼくはいまとてもあの、さっきまでとなりをおよいでいた、なまえのわからない、ぴかぴか銀色に光る、へびのようにからだの長いさかなに、逢いたい。
 と言い表したのだとしたら、すごくしゃれた表現だと思う。

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