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作家になりたい人が多すぎる by 斎藤真樹

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 67,328 文字
  • 2 時間 15 分ぐらいで読める

あらすじ

 自費出版事業を行う弱小企業「蕾花社」に勤める派遣社員の私は、アマチュア作家たちが持ち込むとんでもない原稿と毎日戦っている。しかし中には意外におもしろいものもあり、そういう小説をブラッシュアップして世に送り出すのが仕事のやりがいだ。ある時、私の担当で自費出版したファンタジー小説『天恵の魔法機械』がそこそこ有名な文学賞を勝ち取り、蕾花社はにわかに注目を集める。

レビュー(ネタばれ注意)

 アマチュア作家が書いたはちゃめちゃな原稿を取り上げて、問題点をおもしろおかしく解説するエッセイ風のコメディー。作家志望者が読むと 耳と心が痛くなる 色々と勉強になる。

 作中に登場する素人作家のめちゃくちゃな原稿を一文引用してみる。

背負ってきたパワーショベルやチェンソーで警官がみんな土を掘る。

 こういう文章に対して編集者のヒロインは、

チェーンソーは地面を掘らないよ。あと、パワーショベルって重機だよ……背負って持って来るのは無理だよ。ここに来るのに細い岩の隙間とかも通ってたし。

 という具合につっこむ。
 ほかにはこんな原稿もある。

 そこに……
 青く輝く雷が……?
 いや違う、彗星の様な、隕石の様な……?
「うわああああーー!」視界がホワイトアウトして行って……

 ここは何処……? 海の底……?
 どうなったんだろう。何も判らない。体が動かない……

 目を開けると、宇宙空間に漂って居た。そんな莫迦な……。

 頭の中に声がした。
「目覚めなさい、選ばれし者。貴方はこの銀河を統べる為、遙か古の文明社会から送られた能力者。今こそ真の力を呼び覚まし、星々をその手に収め、護るのです」
 母なる声。この声は知って居る。何か、とても懐かしい……。

 するとそこに。
 新たな光。
 輝く機体。幻……? 天使の羽が見える。天使……救世主?

 アビは目を覚ました。今見たのは……?
 帰らなくちゃ。ミルル、彼女の存在は……そう、きっと……。

 この原稿に対してヒロインは

 なんもわかんねえよ! なにが起こったんだよ!
 文章の流れから、ミルルの目の前に謎の光が降ってきて、何か謎のメッセージを受け取ったのかと思った。でも「アビは目を覚ました」……ってことは、この謎の光とかメッセージとかを受けたのはアビだよね?
 しかも「光……」「機体……」「天使……」だけ言われても、全然わからない。こういう、読者にわからないポエムを延々と繰り広げる「ファンタジー」も多くて、本当に困る。

 と丁寧なツッコミを入れている。本作の半分ぐらいはこういうやり取りの繰り返しなのだが、結構おもしろくて何となく読み進めてしまう。

 この小説の見どころはアマチュア作家の原稿だけではない。自費出版系の弱小出版社の業務がリアルに描写され、そこに勤める派遣編集者がどういうことを思って働いているのかということがよく分かり、エッセイを読んでいるようなおもしろさがある。ヒロインの編集者はおおむね愚痴を言っているが、高齢者の自分史を読んでほろりとしたり、文章は下手だけどおもしろい話に出会って何とかうまく売り出せないかと悩んだりする。読んでいるうちに、ざっくばらんな物言いをするヒロインへの親近感が湧いてくる。

 しかし、エッセイ風の作品であるこの話は、同時に小説らしい筋書も持っている。その筋書に関わるのは文章全体の一部にすぎないものの、これがなかなかおもしろい。
 ある日20代の若者がヒロインの勤める蕾花社にこんな感じの原稿を持ち込む。

電車の駅は徒歩のところにあるが遅いのならまだしもフライングですでになく、しかたなく、道を駆け出して夜道を夕焼けの消えかけた中駆け出すと息が白く霞み、電車の後姿をののしりながら走ると体力が奪われる。走りに走る中とんでもない事件がやがて起こるということも知らないまま、そう、それは本当にすぐのことで、ただ走り続けていたのが数分前のことだった。

 本作に登場するめちゃくちゃな原稿の中でも一際分かりにくい文章だ。にもかかわらず、この原稿を修正するうちにヒロインは熱狂的なファンになってしまう。文章はわけわかめでも内容がすばらしかったからだ。自費出版されたこの作品『天恵の魔法機械』は後にそこそこ有名な文学賞を勝ち取り、蕾花社はかつてない注目を浴びる。その影響でヒロインの手元にも思いがけぬ大金が入る。
 彼女はすぐにそのお金の使い道を決める。彼女の書いた小説『作家になりたい人が多すぎる』の自費出版だ。愚痴を言いながらも仕事を愛し、小説家になる夢を追うこのヒロインこそ、この小説最大の見所である。

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