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週末陰陽師 ~とある陰陽師の保険営業日報~ by 遠藤遼

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 81,519 文字
  • 2 時間 43 分ぐらいで読める

あらすじ

 不世出の天才陰陽師、小笠原真備は世渡りが下手なために陰陽道の第一線である陰陽庁から下野し、しがない保険営業マンとして働いている。平日は会社に勤め土日に悪霊を調伏する「週末陰陽師」として活動する彼は、保険の営業を通じて、育ちのいい20歳の女性、二条桜子と知り合う。桜子に紹介してもらう顧客の周りにはなぜか霊が多く、彼女自身もある日悪霊に襲われてしまう。

レビュー(ネタばれ注意)

 100年に1人の逸材と言われながら世渡りが下手なせいで下野し、しがない保険の営業マンとして働く天才陰陽師の活躍を描いたエンターテインメント作品。長めの小説で読みごたえもあり。

 読み始めてしばらく保険の営業の話が続くので、陰陽師の要素を含むサラリーマン生活を書いた小説かとも思うのだが、生霊、悪霊、動物霊、鬼など異形のものが次々と登場する歴としたファンタジーだ。
 不世出の大陰陽師が悪を調伏するストーリーは一種のヒーローものだと言える。一応変身もする(服を着替える)。だが、ゴレンジャーやスーパーマンなど通常のヒーローものと比べるとユニークな特徴がある。
 それは主人公、小笠原真備の人物の描写に大きく力を入れていることだ。彼は肩を並べる者のないスーパー陰陽師である一方、うだつの上がらない保険の営業マンでもある。どれぐらいうだつが上がらないかというと、営業成績は営業所でビリであり、解雇寸前の崖っぷちにある。そのせいで上司から散々嫌味を言われ、生活の危機にも瀕しており、客観的に見て悲惨な状況にある。勤め人のつらさを体現したような暮らしを送っているのだ。しかし、彼はいつも明るいし、マイペースを崩さない。単に能天気な人間だと考えることもできるかもしれないが、多分そうではない。一流の陰陽師として厳しい修行をこなし、数々の悪霊と渡り合って来たからこそ、若くしてそのような心の余裕を手に入れたのだと考えたい。ヒロインの1人の桜子や霊たちへの対応を見ると真備は人の痛みの分かる人間であり、そのことからも彼がただの能天気な男とは考えにくい。真備の親切な人柄は丁寧に描写されていて、きく必要のない後輩の頼みまできいてやるので、先輩の御子神ゆかりにはお人好しと思われている。
 ともかく、本作では保険営業マンの仕事を通じて陰陽師、真備の人柄が描かれているところに大きな特徴があり、そうすることで素朴で心やさしいスーパーヒーローをうまく描写することに成功している。そこがおもしろい。作品に設定されたキーワードにも「異能力バトル」「ヒーロー」「陰陽師」のようなそれっぽいものが含まれる一方、「営業マンの悲しみ」「生命保険業界の裏側」「サラリーマンの悲哀」などの何とも言えないキーワードが結構たくさんある。さらに、著者によるあらすじの最後には

保険を見直すときにも参考になるので、ブックマークして保険を考えるときにもお読みください。

と書いてあって、一体どういう話やねんという感じだ。

 さて、この小説の次なる見所は異形の者たちとの戦いである。基本的にヒーローものなので、戦闘シーンもそこそこたくさんある。悪霊、動物霊、鬼、般若、阿修羅など対する相手の種類も多い。

「エエエエイッ」

 真備が気合いの声と共に、逆手に持った小刀を振り下ろした。

 真備の気合いに応えるように、桜子の身体の上にある三つの五芒星が、横たわる彼女の身体にしずしずと降りていく。

 重たい扉を閉めていくように、真備が渾身の力で五芒星を降ろしていった。

『シャァァァァッ!』

 大蛇の霊が降りてくる五芒星をかみ切ろうと暴れる。

などの凝った描写もあって、敵との戦闘シーンは読みごたえがあった。私が愛してやまない漫画『GS美神 極楽大作戦!!』を思い出さずにはいられない。1つ残念だったのは強力なパワーを持つ鬼が現れた時に、この鬼を退治する場面が省略されていたことだ。もしこれが省かれずに書かれていたらハイライトの1つになっていたと思う。
 悪者たちとのやり取りについても、本作にはユニークな点がある。主人公真備は心やさしい人物なので話の通じる相手にはなるべく説得を試み、力でねじ伏せようとはしないのだ。徹底していると思ったのは、最後に真備を襲う真打ちというべき敵とも、力ずくの勝負をしないことだ。その代わりに彼は法力を込めて相手を抱きしめる。普通のヒーローものであればここで大きな戦いが起こるところだ。でも、読んでいてまったく違和感はなかったし、こういうのも悪くないと思う。

 この小説にはもう1つ重要な見所がある。それは主人公、真備とヒロインたちのラブストーリーだ。ヒロインの1人の桜子は真備に恋するお嬢様として描かれていて、真備の姉弟子のゆかりに嫉妬した結果、般若となって彼らと敵対することになる。恋愛と妖怪(般若)がからめて書かれていておもしろい。
 ゆかりは直接恋愛のことは口にしないが、彼女も桜子に対して嫉妬しているような描写がある。この手のことはあまり大袈裟に書くとくどくなることもあるので、これぐらいに書いてあるのがちょうどいいかもしれない。
 ここで気になるのは真備の意中にはこのヒロイたちのうち誰がいるのかということだ。桜子、ゆかりに加えて、彼に仕える女子高生の恰好をした式神、梨華というダークホースもいる。ここのところをはっきりさせてもらわないと、読者としては気になって夜も眠れないのだが、これは最後まで明かされない。後書きによるとこの小説には続きがあるそうなので、多分そこで書いてくれるのだろう。次回作が楽しみだ。

 本作では主人公たちが陰陽師である設定をいかす小ネタがちょくちょく出て来るのもよかった。たとえば、上司の生霊が真備の家までついて来て、くどくどと嫌味を言ったり自慢話をしたりすること、美女ゆかりの視線には法力がこもっているのでにらまれるとむちゃくちゃ恐いことなどがある。初めて真備に会った桜子が彼の名前を呼びかけてやめることは、陰陽道とからめたすごくおもしろい伏線だった。

 最後に1つ。この話は盛り上がるまでが結構長い。冒頭で読者を引きつけることが重視される今の小説事情を考えると、これは批判の対象になりえる。でも私は本作を擁護したい。じわじわと盛り上がって行くのも1つの書き方だし、最後まで読んでおもしろければその小説にはやはり読む価値があるのだ。人間にも小説にも大器晩成型のものがあるんじゃないだろうか。

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