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炊飯器 by Zosterops

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あらすじ

 シェイクを飲もうとファーストフード店に立ち寄った少年は、炊飯器を持ったこわもての男に声をかけられ、注文をしに行く間炊飯器を見ていてくれと頼まれる。しばらくしてテーブルに戻った男はその炊飯器に財布をしまい、少年に礼を言った。見かけによらず感じのいい人だと思ったら、男はそばにいる客をつかまえて大声で難くせをつけ、次々に店から追い出し始める。やがて店に残った客は男と少年の2人だけになってしまう。

レビュー(ネタばれ注意)

 狂った男の様子をあっさりした筆づかいで書いた掌編。はじめてこの小説を読んだ時は、単に変わった話だと思った。でも、何となくおもしろかったのでブックマークに入れた。そして改めて読み直した時に
「待てよ、この小説ひょっとしたらすごいんじゃないか……」
 と私は思ったのだ。なぜか句点(。)がないし、変わった内容にどうしても意識をとられるが、よく読めば文章もうまい。くせや無駄のないきれいな文体で、言いたいことがよく分かる。

 しかし、特に注目したいのは狂気の描き方だ。主人公の少年に話しかけたこわもての男は、一見まともにも思える。
見ててくれて助かった!サンキューな!
 とか
俺はこうみえて、人を見る目があるさかいな
 というせりふだけを見るとまったく普通の人間だ。その他のせりふにしたって、日本語として破綻している所はない。しかし、それでも彼は狂っている。この男はカバンでは置き引きにあうからと言って代わりに炊飯器を持ち歩き、その中に財布やらゲームセンターのコインをしまっている。また、そのコインを主人公の少年にさし出し
これでシェイク買ってまた飲んでくれや
 と言う。さらに靴のサイズが大きすぎるなどの理不尽な理由で周囲の人間たちをどなり散らす。しかし、そのことを店員から注意されると
いや、すみません!今度から気つけますわ!
 と素直に引き下がるのだ。ここだけ見るとまともなのである。
 もう1つ言うと、彼は筋者のような風貌をしていて、なぜか歯がない。

 この、普通っぽく見えるけど狂っている、というアンバランスさの表現がすごくうまいと思った。淡々とした筆致がそれを引きたてている。読んでいるうちに、男の狂気がじわじわと読者の胸にしみて来るのだ。
ポテトうまいわぁ
 と言いながら男がアップルパイをほおばるシーンはぞっとするようでもあり、哀れを催すようでもある。

 話の終わり方も余韻があっていい。店内の人間たちをむやみにどなり散らした結果、ファーストフード店に残っている客はこの男と主人公の少年だけになってしまう。だが、少年も内心この男を嫌がっており、やがて店を出る。
もう帰るねんな!わかった、学校がんばりや少年!
 と言って、男は寂しそうな顔で少年を送り出す。そしてついに1人になる。少年が帰り際に振り返ると、相変わらず寂しそうな笑みで彼を見送っている。そこには、狂気につかれた自分勝手な男の孤独がにじみ出ている。

 この小説で唯一残念だったのは、歯のない男があんまりはっきり言葉を話すことだ。……と思ったら「私小説」が作品のキーワードに設定されていた。ひょっとしたら実話なのかな。

 ところで、上でも少しふれたが、この作品には句点(。)がない。著者の過去作には句点がついているものもあるので、誤ってつけ忘れているわけではない。おもしろいのは、一文ごとに改行されているので句点なしでもまったく困らなかったことだ。インターネットでの文章作法について考えさせられた。

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