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ネット小説名作レビュー

探査機はやふさ9号(有人) by おてて

ジャンル

長さ

  • 中編
  • 56,708 文字
  • 1 時間 53 分ぐらいで読める

あらすじ

 有人探査機はやふさ9号の搭乗者に選ばれた俺は、4畳半の和室を模した船室で1人、10年におよぶ宇宙の旅の最中だ。宇宙船では大した仕事もなく、ふりかけご飯を食べたり映画を見たりするだけのゆるい暮らしを送っている。
 ところが、微小天体の爆発に巻き込まれて宇宙船が破損し、一転して生命の危機に追い込まれる。ハッチの故障、食料不足、加速の失敗など続発するトラブルを克服して、俺は地球への生還を目指す。

レビュー(ネタばれ注意)

 宇宙引きこもりSFの傑作。すごくおもしろくて夢中で読んでしまった。本屋に売ってるSF小説にもこれほどおもしろいのは少ない。インターネット上の小説を見ていると時々市販の本をしのぐすばらしい出来栄えの作品があって、最近ネット小説の実力に驚いている。

 この小説は宇宙船を舞台にしたSFだ。しかし少し読んでみたら分かるが、SFと言われて普通思い描くのとは大分雰囲気が違っている。筆づかいがすごい地味なのだ。スターウォーズみたいな華やかさや華氏451みたいなシリアスさはない。にもかかわらず、むちゃくちゃおもしろい。地味な書かれ方をしているのに大きな緊張感があるのだ。

 小説序盤のストーリーは平和そのものだ。主人公は四畳半の和室を模した宇宙船に引きこもって「のりたま」に似たふりかけご飯を食べたりしているだけである。でも、地球から遠く隔たったせまい宇宙船に長年1人暮しする、という特殊な生活が丁寧に描写されていて、この部分にも大きな読みごたえがある。千葉県のどこかで2年間独房に閉じ込められるという適正試験のエピソードもおもしろかった。実際、冒頭からしばらく特段の事件も起こらないのに私が読むのをやめなかったのは、十分な読みがいがあったからだ。
 ちなみに、序盤部分に出て来る、トイレ、宇宙食、エンジン、人工知能、ドッキングを伴う宇宙船モジュールの引越し、映画鑑賞、何も仕事をしない主人公の生活など、多くのエピソードは中盤以降の伏線になっている。うまく書かれているなあ、と読み返した時に思った。

 序盤に限らず、ふりかけご飯の話から、反作用を利用して軌道修正するために船内のものを投げ捨てる話まで、宇宙生活に関する描写は1つ1つが興味深い。
 その中でも特におもしろかったのは閉鎖空間に暮らす無自覚のストレスから主人公が壮大な幻覚を見ていたエピソードだ。7年におよぶ人工知能との会話はすべて彼の1人2役であり、彼は自覚のないまま同じ映画を3000回以上も観ていた。宇宙船の事故を書いたSFだと思って読んでいたら、こんな形のトリックがあって驚いた。すばらしいエンターテインメントだった。

 さて、序盤は平和だった宇宙船ライフも、中盤で微小天体の爆発に巻きこまれて一転する。彼は急に命の危機にさらされることになる。これ以降は、2段階の食料危機、ハッチの故障、加速の失敗などのトラブルによるサスペンスの連続になる。
 これらのトラブルのエピソードで、私が特にすばらしいと思ったことが2つある。1つは宇宙船の構造を最大限にいかした状況設定だ。彼の乗りこむ探査機「はやふさ9号」は、同じ形と機能を持つ10個のモジュールで構成され、それぞれが適当な距離を保って渡り鳥の群れのように宇宙空間を移動する。微小惑星の爆発に巻きこまれた時、これらのモジュールが連携して2つのモジュールを巧みに生き残らせたところが第一の見どころだ。その後、残された2つのモジュールを巧妙に利用して彼はぎりぎりで命をつなぐ。「モジュールが2つある」という設定が、この作品の仕掛けを何倍にも豊かにしている。
 もう1つよかったのは、解決方法のおもしろさだ。人工知能「CPU」とノートパソコンを介して連絡をとれなくなった時に、照明の点滅とトイレの吸引器のON/OFFによって会話するところなどはアイデアのおもしろさに感服した。ほかにも、戦国時代の保存食が出てきたり、裸で宇宙空間を移動したり、トイレから出る排泄物で火薬を作ったりと意表をつくエピソードが目白押しだ。

 この小説でもう1つ注目しておきたいのが、独特のユーモアだ。小説題名の「はやふさ」や、著者の名前「おてて」からして独特である。「はやふさ」の名前はもちろん日本の小惑星探査機「はやぶさ」からとられているが、そのことについて著者は後書きでこう言っている。

誰も気づいていないと思いますが、この小説は実在の小惑星探査機はやぶさをモデルにしています。

……気づくよ。「はやぶさ」と関係ないんだったら、「探査機はやふさ」という名前がどこから来たのか私には想像できない。

 しかし、著者のユーモアの独特さがもっとも分かりやすく表れているのは、CPUと呼ばれる人工知能の笑い声だろう。たとえば彼女(彼?)は
ぐばばばばばばば
 と言って笑う。正気とは思えない。しかも、
べぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ
ポババババババババババババババババババババババババババババ
 など、毎回少しずつ笑い声が違うというこだわりようである。なお、CPUはひらがなで笑う場合とカタカナで笑う場合がある。このCPUと主人公のかけ合いがおもしろくて、私以外の読者にも好評だったようだ。
 作中に、小説投稿サイト「カクヨム」の読者コメントと名前が登場するという珍しいの仕掛けもある。その名前の書かれたプレートを主人公が大事に守っているのは、著者の気持ちの表れなのかもしれない。

 ところで、著者は後書きで

執筆中に何度かミスをして落ち込みましたが、
          (中略)
リカバリーするアイディアを考え付いた時は踊りだすほど嬉しかった。

 とも書いている。火薬の製造にかかる時間がここでいうミスの1つだと思うのだがどうだろう。著者のおててさん、もしこのレビューを見たら私に答えを教えてください。

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