積まれた本

ネット小説名作レビュー

手紙と剣と by quiet

ジャンル

長さ

  • 短編
  • 36,266 文字
  • 1 時間 13 分ぐらいで読める

あらすじ

 大学のサークルでアニメを見る毎日を送る俺は、よくおかしな夢を見る。いつもかわいい女の子が出て来て、勇者の証である手紙と剣をさし出し「世界を救って」と頼む。しかし俺は何もしない。夢の少女はやがて「救われない世界を諦めて生きることにしたよ。私は幸せだ」などと言い出し、ついにはこんなことを言う。君はどうしようもない世界を変えてやろうと思った。でも振るうべき剣がなかったんだ。

レビュー(ネタばれ注意)

 非日常と青春を感じられる、すごくおもしろい小説だった。相当変わった話でもあり、読者を選ぶ恐れがないとは言えない。ファンタジーのカテゴリーに入れたが、よくあるファンタジーとはかなり違う。純文学的な要素もあり、普通のエンターテインメントやライトノベル風のファンタジーを求める人には合わない可能性もある。でも、食わず嫌いはよくないのでちょっとでも気になったら是非読んでみてほしい。著者の技量は保証できる。

 著者によると、この小説のあらすじは

夢見がちなオタク。この作品は「カクヨム」にも掲載しています

であり、事実上

夢見がちなオタク

だけである。あらすじとはいえ、あまりにも粗すぎる筋書だ。その上ちょっと抽象的な感じもする。でも、ここには2つの重要な意味が含まれている。
 まず、主人公の「俺」はよく夢を見る男であり、そういう意味で「夢見がち」だ。この小説は、最初は現実世界を舞台としてオタクの生活を描く話として始まる。しかしやがて俺は夢と現実をあえて分ける理由が分からなくなり、スペースシャトルが外を飛んだり、先輩の顔が急に美形になったり、部室のある建物をのぞいて世界が滅んでしまったりと、夢と現実が入り混じる状況になる。とうとう俺は

つまるところこれは現実なんですか夢なんですかそれともどっちでもないんですか?

 と洗面所の鏡に問いかけるにいたる。胡蝶の夢、世界五分前仮説という言葉が作中に出て来るが、これがこの小説のねらいをよく表していると思う。
 次に俺は、大人になるにつれてどうしようもないことが分かってきたこの世界を、自分が変えたい。という夢をもっている。そういう意味でも「夢見がち」なのだ。若者が抱くこの気持ちが、小説第二の主題になっている。

 ただし、「夢見がち」という言葉には、実際に世界をかえるのはむずかしいという含みもあるだろう。彼の夢には自分の胸のうちを代弁する少女が現れ、最初は
あなたは選ばれし勇者なんです。世界を救ってください
 と言う。でも次に現れた時は
世界を救ってくれ。頼むよ
 と言って泣く。さらにその次には、世界を救えないなら自分だけ救ってくれと妥協し、ついには
救われない世界を諦めて生きることにしたよ。私は幸せだ
 なんてことを言い出す。最初は世界を救う話をしていたのに、彼女は段々大人になって、自分の態度を現実に合わせるようになったのだ。
私は幸せだ」と本人が言っているので絶対にそれがダメとは言えないが、そこにはやはり妥協や欺瞞が垣間見える。中学生の時、アルバムに「世界征服」と書いた俺は世界を変える気持ちを持っていた。でも、大人になって現実を知り、アニメを見るだけの社交性がないオタクになってしまったのだ。そのことを夢の少女は

だけど振るう剣がなかった。世界を変えられるような剣が。剣を探しているうちにいつの間にか君はどんどん年を取っていく。周りの人間はどんどんこの世界に適応していく。君だけが変わらない。いつの間にか誰も『世界を救って』なんて言葉を使わなくなった。それなりに不幸でそれなりに幸福で。誰もが自分の居場所を見つけていく

 と表現している。
 しかし、最後に彼は行動を起こす。「私はダメだ」だの「死ぬしかない」だの悲観的なことばっかり言っている先輩を巻き込んで、すべてをかけて「意味ある方向に進んで」いくことを決意する。その時のセリフがこれだ。

さあ剣を振るって世界を救ってください! 俺は世界をめちゃくちゃにしますから! そしてめちゃくちゃやった後世界をさらにめちゃくちゃにしたり普通に生きていったりしましょう!

 青春だとしか言いようがない。こうして小説はめでたく終わりを迎える。

 ここまでで主人公のことはある程度説明できたと思う。小説に出て来るもう1人の重要人物が、大学のアニメ研究会で活動する女性、川添先輩だ。この先輩のキャラクターが本当にいい。彼女は、テレビで放映されるすべてのアニメをチェックする筋金入りのオタクだ。割に理屈っぽい女性であり、よくおもしろいことを言う。

それはともかくとして私に就職関連のワードを聞かせるのはやめろ。というか将来について匂わせる事柄全般を。大変なことになるぞ
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオト
あっダメだ落ち込んできた私の人生はもうダメだ
なんで選ぶ側みたいになってるんだ調子に乗るな

はすべて彼女のセリフだ。
 彼女はまた、アニメを見て変なことばっかり言っている気楽な人間かと思いきや、実は悩める若者でもある。

私は毎晩寝る前に『二度と朝が来ませんように』って念入りに祈ってるよ
一歩も動きたくない……。ここで死にたい……
もうダメだ……。私の人生は……
うがいしたら歯が全部抜けて血まみれの排水口に流れて慌てる夢
二十代になるってことはな、私みたいになるってことだぞ
でも私は一生結婚できずに終わるんだよな……

みたいな否定的なことばっかり言っているのだ。他にもまだまだある。全部集めたら川添先輩ネガティブ語録が作れる。「アニメか人生の話しかしてない」のが彼女なのだ。
 でも、たまにいいことも言う。

人生の意味が発生するレベルの恋愛したい……。それ以外はしたくない……
神様はどこにでもいていつでも私たちを見ているんだよ
目の前にあることを受け入れることだよ。それ以外に必要なことなんて何もない

などのセリフがそうだ。普段悲観的なことばかり言っている先輩がこんなことを言うのはちぐはぐなようでもあるが、これは、気まぐれな人間生活の現実を反映したものであって、作品のリアリティをかもすのに役立っていると解釈している。
 ところで、彼女は「ティーンエージャーソード」という剣を持っている。世界を救うほどの力があるようだが、名前のとおり10代の人間にしかあつかえない。これは、20代にさしかかった彼女が積極的に人生を変える気持ちを持てないことを意味している。すごくかっこいい比喩だと思う。

 さて、川添先輩だけでなく、主人公の「俺」もなかなか理屈っぽい。この小説は、その俺の一人称で書かれていて、それがすごくおもしろい。

「……イケメン」
「……イケメンが、キスする」
「へえー、イケメンがキスするんだ!」
 知性の敗北みたいな会話だった。”

川染先輩は姫の隣でコミュニケーションしていた。「うん」「わかる」「わからない」「死」の四語しか喋っていないのにやけに堂々とした態度で社交をやり過ごしててちょっと感動を覚えた。

ミーンミーンミーン。
「蝉がなんで鳴くか知ってますか?」
「……求愛?」
「意味を求めて鳴くんですよ」
 mean。なんでこんなどうでもいいこと言ったんだろうな

人間関係をしていて

などが特によかった。

 この手の小説は、よく書けたものであっても市販の本として出版してもらうのがむずかしいと思う。こういう作品を読めるところが、ネット小説のいいところだ。

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