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定時姫 by Unknown

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 990 文字
  • 2 分ぐらいで読める

あらすじ

 わたしは定時であがるのがだいすき。みんな残業してるからとか、ひんしゅく買うかなとか、そんなばかみたいなことはどうでもいい。
 私の頭の中の君はみんなにきらわれて、教室の窓からいつも外を見ている。君が今日も光速で学校を去るなら、わたしも光速で職場を去る。わたしといっしょにきらわれよう。
(一部を作品より引用)

レビュー(ネタばれ注意)

 むちゃくちゃな内容なのになぜか様になっている、女性の話し言葉で書かれた詩。

わたし2歳の女の子、ていじであがるのがだいだいだいだいだーいすき!

 というあらすじからしてわけが分からないが、読んでみたらすごくセンスがある。と少なくとも私は思った。あんまり変わった内容なので違う見方をする人もいるかもしれない。
 何というか、アンバランスでエキセントリックな言葉づかいがくせになるのだ。どんな感じの文章か少し引用している。なお、この詩の前半は全部ひらがなで書いてある。

わたしはやることちゃんとやったうえで

ていじであがりまくる

やることやらずにていじであがりまくるのはただのうんこだけど

わたしはけっこうゆうしゅうだからやることやってていじであがる

 ちょっと下品だけど、ずばずばしたもの言いがよくはないだろうか。文章にはリズム感があって、いい感じにこなれている。

 このように前半部分では定時で帰ることに対する彼女のこだわりが語られ、途中からは内容が変わる。もっと具体的に言うと

だってこのよには

ざんぎょうよりだいじなものがあるから

のうきよりだいじなものがあるから

それはきみのえがお

という部分で「きみ」なる人物が話題にのぼってから話が変わる。この後しばらく、ひとりぼっちの学生であるらしい「きみ」の様子が語られるのだが、その描写がおもしろい。特に休み時間に彼が窓の外をながめるところは語感がよくて好きだ。

声という弾丸の飛び交う中

誰も知らない小説を読み

小さい教室の中にいる

窓の外を眺めている

窓の外にはグラウンド以外何もないが

窓の外を眺めている

なぜか知らないがめちゃくちゃ窓の外を眺めている

めちゃくちゃ窓の外を眺めている

 こんなにしつこく窓の外をながめる詩がいまだかつてあっただろうか。ともかく、そうして外をながめるのは話す相手がおらず視線を落ち着ける先が窓の外にしかないからにほかならない。そんな彼に対して語り手の「定時姫」は

きみはどの環境に身を置いてもつねにきらわれているから

わたしもきらわれようとおもっている

 と言う。この男は毎日授業が終わったら「光速で」教室を去るのだが、それならばと彼女は語る。

君が今日も光速で学校を去るなら

わたしも今日も光速で職場を去る

男に対する、定時姫の思いやりだか共感だかがいいなあと思った。
 しかしこの学生は実在の人間ではないようで

わたしの脳の中で毎日生きている君は今日も

とか

わたしの頭の中の君の年齢をわたしは最近おいこした

もう君は頭の中にしかいないけど

と語られている。定時姫の頭の中にいるこの学生が何なのかは結局分からないが、その不思議な感じが作品の味になっているし

わたしの頭の中の君の年齢をわたしは最近おいこした

という一文は、意味が分からないなりに懐かしさのような感情を読者の胸に起こす。作品の雰囲気作りに是非とも必要な一節だ。

 この作品にはまた

うぉさきにしつれいしまぁす
 とか
jis規格の椅子に静かに座り
 とか、上にもあげた
光速で学校を去る
 みたいな勢いで書いた風の独特のギャグが出て来る。そういうのも私の好みだった。『定時姫』という題名もシンプルながらユーモアとインパクトがあってすばらしい。

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