積まれた本

ネット小説名作レビュー

by euReka

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長さ

  • 掌編
  • 991 文字
  • 2 分ぐらいで読める

あらすじ

 この街に立つ、直径1km、高さ10kmの巨大な塔は今にも倒れそうなぐらい傾き、地面へ向かって弓形になっているので「巨人の釣り竿」とも呼ばれる。塔が倒れた時に下敷になるエリアは住むのに好まれず、以前は貧民街になっていたが、戦後の経済成長によって街が豊かになると住人が減り、その後公園として整備された。塔を眺める観光地となった公園で、私はアイスクリームを売り、隣の屋台の女はビールを商っている。

レビュー(ネタばれ注意)

 この小説の題名『塔』は、作中に登場する塔からつけられている。直径1km、高さ10kmという、東京スカイツリーの15.8倍の高度を持つ巨大な建物であり、しかも今にも倒れそうなぐらい傾いて弓なりにカーブしているので、「巨人の釣り竿」と呼ばれることもあるという。この途轍もなく大きく危なっかしい塔からどんなすごい話が始まるのか? と期待してしまった読者の心を裏切って、このストーリーはすごくどうでもいい方向に進んで行く。大まかな筋は次のとおり。
 塔が倒れた場合に下敷になるエリアは、住居地として好まれないため昔は貧民街だったが、戦後の経済成長で街全体が豊かになったことで住む者が減り、今では広大な公園になったという。この公園は迫力のある方向から倒れそうな塔を眺められるので観光地になり、主人公はそこに屋台を構えてアイスクリームを売っている。隣の屋台では女がビールを売っていて、彼らはビールとアイスクリームを物々交換する。
 ……塔、関係ないやん! と思わず突っ込みたくなるストーリーの訳の分からなさが、小説の第一の魅力だ。しかも、意味分からん話なのに、戦後の経済成長がどうとか妙に現実的な筆致で書かれていて、そのアンバランスさがまたおもしろい。貧しい人が住んでいた所が整備されて公園ができたみたいなエピソードも、大阪の花博記念公園とか天王寺公園とか靭公園なんかを連想させないでもなく、何とも言えないリアリティがある。

 私はこの小説のラストシーンも好きだ。そのシーンではまず、何を思ってそうしたのかは分からないが、ビール売りの女が主人公からもらったアイスクリームに刺してあったクッキーを地面に捨てる。するとクッキーに鳩が群がり、風船が空へ昇る。そして、こちらも何を思ったのか不明だが、主人公が女の顔にビールをぶちまけて彼女にキスをする。
 鳩や風船の飛ぶ平和で美しい光景を読者が頭に思い浮かべたところで、顔にビールをぶちまけるというおもしろそうなことが起こり、最後はビールで濡れた女の顔に彼(女である可能性もあるけど)がキスをするのだ。私にはその情景がとてもロマンチックに感じられた。
 その後で

きっとそんな日に、塔は倒れる気がするのだ。

という、これまた意味は分からんけど、何かおしゃれな一文が来て話は終わる。荒唐無稽と現実的な筆づかいと独特のさわやかさが混じり合う、洒脱な小説だった。

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