積まれた本

ネット小説名作レビュー

海に棲んでいた人の話 by ヒロサワヨルイチ

ジャンル

長さ

  • 掌編
  • 229 文字
  • 0 分ぐらいで読める

あらすじ

海の底で、ぼんやりと、水面を眺める人がいた。
(著者によるあらすじを引用)

レビュー(ネタばれ注意)

 美しい情景が目に浮かぶ、短い詩。話の内容は抽象的というか不条理というか、はっきりした意味をなさないものだが、それでもやはりかっこいい。むしろそれがいいとも言える。この手の詩はネット小説でもよく見るが言葉づかいのセンスがずば抜けていた。

 本作のレビューを書くことを決めてから、この詩が何か具体的な物事を表しているのかどうか、あるいは正しい解釈というものがあるのかどうか、割とがんばって考えた。大昔に水中に棲んでいた動物が陸上に進出し、さらに進化して人間になり、生きる悲しみを知った。とかそんなことも想像したがまったくぴんと来ない。意味があいまいで情感豊かな詩であると、素直に解釈するのがよさそうだ。

 とはいえ、この詩では明らかな意味を与えることを避けながら、ある種のアイデアを読者に想起させることを狙っていると私は推測する。
 ヒロインである海の底に棲む少女にとって、水の上の世界は、不安とか悩みと結び付けられた自分を傷つける場所であり、これは人の実生活と結びつけられるかもしれない。彼女は水面から離れていれば傷つかないと考えて、ぼんやりとそれをながめてやりすごしている。しかし、やがて彼女の意思にかかわりなく水面が下がって、水の上の世界に出てしまい、はじめての「苦しい呼吸」をする。これは人間が浮世の洗礼を受ける様子を思わせる。
 おもしろいのはこの後、

しかしそれで海が涙だと知った。

という部分だ。傷つかないために今まで海の底にいたのに、その海は涙だったのだ。――そこで彼女は笑い
人は貝には成れないや
 と言ってくしゃみをする。どこにいたって静かに生きてはいけないのだと悟って少女は笑った。と私は勝手に考えている。くしゃみをするのも何となくおもしろい。寒くて風邪でも引いたんだろうか。

 いずれにしても、

離れていれば、傷つかないと知っていたからだ。
苦しい呼吸だった
しかしそれで海が涙だと知った。
人は貝には成れないや

などの表現はこの作品に物悲しいトーンを与えていて、それが詩の美しさを一層引き立てている。

コメントする