積まれた本

ネット小説名作レビュー

牛男 by 根木 珠

ジャンル

長さ

  • 短編
  • 10,340 文字
  • 21 分ぐらいで読める

あらすじ

 人から「牛」と呼ばれ、せむしで乞食という不幸な境遇に育った男は、ある時親切な紳士に拾われて彼の屋敷で暮らすようになる。牛は主人を敬愛し屋敷でかいがいしく働くが、やがて、屋敷を訪れた女性を自分の主人が次々に殺していることを知る。

レビュー(ネタばれ注意)

 ネット小説には珍しい渋い内容の短編小説。分量が短いのであまり複雑な内容はないが、『オリバー・ツイスト』みたいな欧米の古典文学と雰囲気が近い気がしないでもない。……いや、やっぱり違うかな。いずれにしても、じわっとおもしろい良作だった。

 この小説では、せむしで乞食という不幸な境遇に育った男の人生をテーマにしていて、それが淡々と書かれているのが何というか、渋くてよかった。中でもとりわけ渋いのは話の終わり方だ。私は昔読んだ『オリバー・ツイスト』の内容をほとんど覚えていなかったのでインターネットで調べてみたら、どうやらハッピーエンドで終わるらしい。同じく貧しい男の人生を描き、「みじめな人たち」を意味するタイトルを持つビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』でさえ、まずまずいい感じの終わり方をする。しかるに、この『牛男』はどうか。悲惨な境遇に生まれ、敬愛する主人に先立たれ、その罪をかばって獄につながれ、ようやく出所した後で仕えた神経症の主人からは邪険にあつかわれ、苦労がまったく報われないまま不慮の事故であっさり死んでしまうのだ。まったく救いのない話である。
 でも、読んでみたら分かると思うが、この小説にハッピーエンドは似合わない。もし主人公の「牛」が幸せ一杯な男になってしまったら、終始低空飛行する人生を描く静かで暗い作品の雰囲気が台なしになるかもしれない。無理に幸せな結末を持って来るよりは、世の中には報われない人生もあるという事実を読者に突きつけて話を締めくくる方がいい。見方によってはこの幕引きが、小説最大の特徴かもしれない。

 しかし! この小説の筋書には実はたくさんのエンターテインメントもつまっている。登場人物たちの特異な身上や性癖もその1つだ。主人公の「牛」の不幸な境遇はすでに述べたが、彼が仕える館の主人もただ者ではない。彼は心優しい紳士で、金持ちでもあるらしいが、屋敷に時々やって来るらしい女性たちを次々に殺すという、とんでもない性癖を持っている。強烈なインパクトのあるエピソードだ。ちなみに、話が進むと彼が生きる希望を失った女性ばかりを殺していることが分かり、その話の展開もまたおもしろかった。
 第3の重要人物である牛の知り合いの女性も、やはり一筋縄ではいかない。牛が初めて彼女に合ったのはおたがいが子供の頃で、誰も彼もがせむしの牛を蔑む中で、彼女だけは牛に愛想よく接したのだった。館の主人と同じくとても親切な女性なのだが、彼女もまた愛のない家庭に育った不幸な女性だった。牛の主人の心優しさにふれた彼女は
だから、わたしは」「おじさまに殺されたいと思ったのよ
 といって、実際に彼に殺される。彼女が牛にこの話をするシーンはとても印象深くて、小説の山場になっている。
 もう1つ言うと、牛が主人の罪をかばうために死体のそばに毎回口紅を置いていくエピソードも、主人の身を案じる彼の心と小道具の口紅が魅力の、今1つの見所だ。

 この小説は捉え所のない感じでもあるのだが、本作の真のテーマは、他人の幸せを願う心優しい人たちが次々に破滅を迎え、傲慢な人間が生き残るという世の中の不条理なのかもしれない。牛も、彼の主人も、知り合いの少女も、牛の新しい主人もみんないい人たちだが、1人は事故で死に、もう1人は病気で死に、さらにもう1人は自ら望んで殺され、唯一生き残った人物は心の病で疑心暗鬼にとりつかれてしまう。ただし、牛に本を読み聞かせた親切な少年については、その後どうなったか書かれていない。
 彼らと対比されるのは、話の途中で出て来る慈善活動家の女性たちだ。彼女らは尊大で人の気持ちの分からない人間だが、慈善活動家ということで外面はいいし、特に何かの不幸に見舞われるわけでもない。

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1つのコメント

[…] 様より、拙作『牛男』へのレビューをいただきました。ネタバレがあるそうですが、内容紹介が作品を書いた本人よりうまいので、そちらだけでもぜひ。 『牛男』根木 珠−アラクネ文庫 […]