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吾輩はハゲである by 初心者

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あらすじ

 吾輩はハゲである。髪ならもう無い。しかし、もちろん好き好んで失ったわけではない。それを守れば、他の何かが守れなかったに過ぎないのだ。
(一部を作品より引用)

レビュー(ネタばれ注意)

 自虐的で微妙なギャグがおもしろい掌編パロディ。パロディ元はもちろん夏目漱石の『吾輩は猫である』だ。しかし本気でパロディしているわけでもないらしく、途中から漱石の小説とはまったく関係のない、ハゲを語るだけの内容になってしまう。きっと『吾輩はハゲである』というタイトルがつけたくてパロディしたに違いない。

 さて、話の中身について語る前にいくつか気になったことにふれておきたい。まずは小説のジャンルだ。著者の自己申告によれば作品ジャンルは純文学ということになっているが、誇大広告もいいところである。タイトルからしてコメディ以外の何物でもない。あらすじにも

大切な何かを失ったもののかなしみ

 と何か純文学っぽいことを書いてあるが、無駄だ。どう読んでもコメディである。……それにしてもこのあらすじ、じわじわくる。ちなみに作品のキーワードは「私小説」になっているが、この分類もかなり怪しい。

ネコではないです。

 という前書きも不可解だ。『吾輩はハゲである』という題名の小説に対して、こんな当たり前の注意喚起が必要なのだろうか。……正直言うけど、私はこの前書きですごい笑った。

 というわけで本文のレビューに移ろう。この小説に現われるたくさんのジョークは一見オヤジギャグっぽくもある。それで何となく寒そうな雰囲気がある。なのに不思議とおもしろい。あらすじの所でも言ったが、じわじわくるとでも表現できるかもしれない。

 たとえば次の引用箇所。

子供の頃に初めて会った祖母が、祖父にそっくりという台詞からして許せない。
仏壇に飾られた祖父の写真は、確かに眩く、その姿は煌々とひかり輝いてていた。

 ただ祖父の頭が光るという古典的なギャグなのに、思わず笑ってしまった。次の箇所もだ。

考えてみれば不毛な話だ。
不毛という言葉もハゲほど似合うものはない。

 不毛という言葉がハゲに似合うというのはオヤジギャグの範疇だろうが、やっぱりおもしろかった。

 他には、笑いの定石とも言えるが「わけの分からなさ」がおもしろいギャグもたくさんあった。例えば次のシーン。

しかし日本語が便利とは言え、ひらがな、カタカナ、漢字に英語、これも多すぎる。
はげ。
ハゲ。
禿。
HAGE。
読みようによっては英字でヘイジと読めぬこともない。
ハイジではないぞ。
アルプスの少女の爺はふさふさであった。

突然アルプスの少女のじいさんの髪の話が出て来るのは意味不明だが、これにも笑ってしまった。もう1つ、同系統のギャグでおもしろかったのが次のシーンだ。

禿を禿と馬鹿にするではない。
好き好んで毛を失う者などおらぬ。
皆、泣く泣く手放したのだ。
きっとそれを守れば、他の何かが守れなかったに過ぎぬ。

泣く泣く手放した
までは分かる。問題はその次の一文
きっとそれを守れば、他の何かが守れなかったに過ぎぬ。
 だ。「他の何かが守れなかった」って、どういうことなの……。髪を手放したのは他の何かを守るためではなくて、遺伝とか生活環境のせいだと思うんだけど。
 次の引用部分も、何が言いたいのかよく分からんけどおもしろい。

近頃ではスキンヘッドというものが流行っているらしい。
若者であればいいかもしれぬ。
しかし老人であれば只の禿。
禿爺などと呼ばれては、吾輩は殴り込まずにはおれぬ性質である。
そもそもスキンヘッドは髪のあるものが髪を剃り上げてつくるもの。
髪のない吾輩のスキンヘッドも、また只のハゲなのではなかろうか。

ついでに言うと、この箇所のうち

禿爺などと呼ばれては、吾輩は殴り込まずにはおれぬ性質である。

 の一文は、諦念に達したおじいさん風の主人公が突然激しく怒り出す様子を想像させる点でもおもしろい。

 引用ばっかりになってしまうが、最後にあと2つ私の気に入ったシーンを紹介してレビューを終わる。

いやかつらを悪く言うつもりはない。
ただ吾輩はあれを手にして安寧に浸るつもりがないだけだ。

さりとてバーコードやカッパなどというものになれるわけでもない。
あれはまだ毛が残っているものの嗜みだ。
吾輩にはもうそこまで残っておらぬ。

 それぞれ、大袈裟な表現とバーコードやカッパにさえなれない切なさがとてもいい。

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